イスラエル/パレスチナ和平

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OUT OF PLACE Memories of Edward Said②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/05/07 01:36 投稿番号: [9688 / 20008]
彼がずっと拘っていたのは、パレスチナ側の問題だけではなくて、
敵対しているユダヤ人の社会、イスラエルの中にも
サイードの思想と呼応する人達が一杯いて、
両サイドをちゃんと見ていかなきゃいけないと彼はずっと言っていた訳なんで、
両サイドの暮らしに出会っていくというのが、この映画が伝えたいこと。
暮らしに出会っていけば、あっなんだそんなに特別なことじゃないじゃないか
という風に感じてもらえれば、それで僕は十分だと思っています』



(マリアム・サイード未亡人)
『サイードの足跡をたどるこの映画は彼の自伝に基づいて、
監督の佐藤さんが美しい作品に完成させてくれました。
サイードは全く登場しませんが、映画は彼の存在にあふれています』


<映画の中では、アラブ、イスラエルが決して白黒はっきり分かれる世界では
ないということを映し出しているんですけれども、非常に印象的だったのが
サイードの息子さんの言葉で、
『多くの支持者がいたにも関わらず、父は常に無力感を感じていた』
という言葉が非常に印象的だったんですが、
一方では、常に勇気ある発言を続けました。
サイードさんが生涯を通じて強く訴えたかったものは何だったのでしょう?>

『多様性という言葉を使うかどうかは分かりません。
パレスチナとイスラエルの問題はとても複雑なんです。
この映像が示しているのは、
多様性、複雑性というのが、両方にあるということです。
ただエドワードが伝えたかったのは、パレスチナの人々に対して行われている
不正義、これはイスラエルが一度も認めたことがないんです。
そしてこの不正義は、今でも占領が続いており、家々が壊され、
樹も根こそぎにされ、土地も併合され、入植地が違法に作られているんです。
彼は生涯を通してそのことを世界に伝えようとしてきたんです』

<彼は決して希望は捨てなかったと思います。
ただ、仰ったように圧倒的なイスラエルとパレスチナの力の差、
世界のメディアもやはりイスラエルから多く出る情報をより伝える傾向がある。
非常に不均衡な関係があったと思うんですけれども、
それを大変嫌がっていたという風に我々は感じていますけれども、
サイード氏自身は、そういう大きな力の不均衡を
どういう風に考えていたんでしょうか>

『力の不均衡、これははっきりしていました。
片や占領しているということを最悪の形で使っていました。
パレスチナの人々は全く力がありませんでした。
そしてメディアの人達はこれを白黒とはっきりと切り分けて描いていました。
善があり、悪がある。
悪がパレスチナ、善がイスラエルとそのように書いていた訳です。
でもエドワードは、イスラエルが国として何をしているか、
パレスチナの人々に対して何をしているのか、
土地に何をしているのか、
そしてあらゆる所で何をしているのか、
占領が何を行っているのかを描こうとしていました。
この40年近い間、それを打ち出し続けていたのです』

<サイード氏はイラク戦争については一体どういう風にみていたのでしょうか>

『彼はサダム・フセインのファンという訳ではありませんでしたし、
彼に反対することも書いていました。
湾岸戦争、イラク戦争を通して、彼はどちらの戦争にも反対していました。
全く理に適わないものであると、これは国を破壊するものであり、
国民を駄目にするものであると、戦争を戦う理由などないと言っていました。
彼はどうなるか分かっていたんです。
もし彼が生きていたらきっと彼が戦争について書いたこと、
これはもう今はっきりと見えていると思います。
ですから彼は本当に戦争には反対していたんです。
そして他の国を理由なく占領することに断固反対していました』

<日本人が中東和平にどういう風に関わっていくことができるとお考えですか>

『エドワードは最後にはヒューマニズムの話をしていました。
イラクでの戦争が行われる前、アメリカが攻撃を始めようとした時、
彼は希望を持っていました。
というのも世界がきっとヒューマニズムに立ち返ると思っていたんです。

(イスラエルとパレスチナ)この紛争は解決されるのであれば、
双方が平等でなければならないと言っていました。
そうして初めて解決できるのだと言っていました』

<今、仮に生きていたら>

『彼は、ヒューマニティ、人というものを信じていたんです。人の善意に。
そしていずれは共生がはかられるだろうとそう信じていました』
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