イスラエル/パレスチナ和平

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政治犯釈放

投稿者: abutouma 投稿日時: 2005/02/04 03:56 投稿番号: [8865 / 20008]
http://www.geocities.jp/beirutreport/index.html


パレスチナ政治犯一部釈放へ(2月3日)

  イスラエル政府は3日開催された縮小閣議で、パレスチナ人政治犯約900人を今後2段階に分けて釈放することを決定した。第一段階はすぐに実施され、500名が釈放される。その後、数ヶ月以内に残りの400名が釈放される。ただし、イスラエル人殺害に関わった政治犯は対象に含まれない。
  現在、イスラエルの獄中にあるパレスチナ人政治犯は約8,000人。

  今回の釈放決定は、8日のシャルム・シェーク・サミットに向けた双方の状況鎮静化措置の一環。この他、イスラエル軍はラーマッラー、エリコ、トルカレム、カルキリヤ、ベツレヘムの西岸地区5都市からの撤退も計画している。
  一方、エジプトはハマースやジハードの主要幹部をカイロに招き、本格停戦に向けて説得を続けている。PA側でもアブ・マーゼン議長が近く湾岸諸国
を訪問し、サウジなどハマースに影響力を持つ諸国に、停戦への協力を要請すると言う。
  エラカートPA和平交渉担当相は、8日のサミットで相互停戦が宣言される可能性にも言及している。

  2000年9月に始まった泥沼のインティファーダが終息し、これ以上の流血が避けられるならとりあえずはそれに越したことはない。
  しかし一方で、
「これで和平が実現する」
と喜ぶのは早計だ。

  政治犯が逮捕されたのは、反イスラエル活動をやったから。反イスラエル活動をやったのは、キャンプ・デービッドでパレスチナ問題の政治的解決が失敗したからだ。
  西岸諸都市からのイスラエル軍撤退も同じである。もともと自治区だったこの地域にイスラエル軍が侵攻したのは、反イスラエル活動がそこで行われたからである。
  つまり、政治犯を釈放しても、イスラエル軍が部分的に撤退しても、所詮は2000年9月の時点に戻るだけだ。
  その時点では、イスラエルが西岸・ガザで大規模な政治的妥協をする=入植地を撤去し、1967年時点の境界線まで撤退するという展望が無かった。
  展望が無いのは、現在も同じである。
  イスラエルはお荷物になったガザからは出て行くが、西岸から出て行く気配はまったくない。
  いわゆる「入植拠点」という、無人の丘の上に過激派がつくったプレハブ住宅を撤去して、いかにも譲歩しているかのように見せてはいるが、人口数万人規模にまで膨張した都市型入植地を撤去する動きは無い。それどころか、入植地と「防護フェンス」建設は現在も営々と進められている。
 
  問題の根源は、エルサレムでもなく、難民帰還問題でもない。
  どちらも複雑で、難しい問題には違いない。しかし、二国家解決案(イスラエル国家と隣接し、パレスチナ国家を建国するという解決法)という、解決の基本的枠組みを脅かすものではない。
  一方、西岸地区への入植問題は、放置すれば二国家解決案が実施不可能になってしまう(入植地問題を研究するベンベニスティ元エルサレム副市長は、1985年に、既に「入植地問題は後戻り不可能な地点に来てしまった」と主張していた)。
  イスラエルが西岸地区の入植を止め、思い切った領土的譲歩をしない限り、和平はありえない。何人政治犯を釈放しようとも、早晩新たなインティファーダが起こるだけだ。
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