>殺したのは、イスラム原理主義者
投稿者: koolp1x 投稿日時: 2004/11/05 21:39 投稿番号: [8362 / 20008]
@観たくなかったけど観た(みちゃった言い訳はとりあえずなし)。
@「イスラム原理主義者」がキチガイ以外の何者でもない、ことが改めて確認できる。
@というか、どんなにニュース記事の行間に想像力を働かせようとしても、実際の「血」を見たことがなければ限界があって、「屠殺」行為そのものなんて、普通は、傍観者としてでさえ経験がないわけだ。
@オイラは、「血」も「殺人」も直接は経験はないが、「テロがかすめた」り「弾や爆弾に当たりかけた」ことは一度ならずある。そっちの経験から、「その瞬間」についての想像ということには、時間の積み重ねがある。
@特定の外国の特定の場所などで、あるはずのない「紙袋」が〝不自然な場所〟にある状態を、周りの「未経験者」たちよりはよほど素早く、発見もする。そして、その瞬間には、何事かを想像しないわけにはいかなくなる。
@とはいえ、「血」や「肉」や「殺人そのもの」について映像的に想像が出来たりするわけじゃあ、もちろんない。
@ニュースの行間(特に日本語の)で、例えば、パレスチナのテロリストが、自爆する瞬間(の肉の飛び散り具合だとか・・・)や、その爆発で、女子供らまでが「意図的に狙われて」殺される――その死のごく短い時間の中で、まず肌が、爆風や破片物によって傷つけられ、肉に至り、内蔵を飛び散らせ、けれども彼女らはまだ生きており、血が流れ、激痛を感じ、場合によってはとうとうその瞬間にショックによって死を迎えたり、あるいは、痛みが続き血が流れ、「数分間」ほどの地獄を味わわされたのちに、ようやく解放される・・・。
@そうした細部も含めて、テロの現場で起こったはずのことすべてを、想像力だけで共有しようとする努力には、やはり、所詮、悲しいかな、限界がある。報道を読み、聴き、観る者たちの、受信器の精度だって千差万別だ。
@一方で、ああした映像を見せつけられれば、分析も史実も直観も必要ない。端的にただ、キチガイ以外の何者でもない、の一言で十分だ。
@問題は、世界中の大多数の人間が、その認識を常時持ち続けていられるなら、ああしたことはそもそも起こり得ないはずだ、ということだ(今の世論の大多数は、もっともらしいこじつけを聞かされると、「もちかちたらたキチガイじゃないかも〜」、とか思っちゃったり思わなかったりと、フラフラしてんだ)。
@アイツらを資金的に援助してる奴らがいて、そんな行為さえ、「許されない!」と主張し続けられる自由意見が圧倒的多数のコンセンサスなら、アイツらはあの姿形では、そこにいない。同様にテロリストの実行犯も、幇助者も、運び屋も、アジトの提供者も同様に「殺人罪」だという認識が確立されていれば、拉致だの屠殺だのということはあり得ない。
@とどのつまり、世界世論の一人一人が、善悪の単純な区別や、そもそも、人命尊重という当たり前の最優先事項を飲み込めるようになるまで、現代史というのはあの手の残虐行為と、その直截的な流布、といった、侮蔑めいた醜さを繰り返し重ねていかなければならない、ということなのではないか。
@テロリスト共の主張に耳を傾けて、「一理ある」とかナントカ、能書きを垂れたがる馬鹿野郎共がついに口を閉ざすようになるまで、キチガイであるイスラム原理主義者やパレスチナのテロリスト共は、のさばり続けるのだ、キチガイとして。
@世界がハタと気づく頃に現在を振り返ってみれば、一般市民らを意図的に殺害しようとするテロリストという者たちが実在したが、そのような暴挙が、何年にもわたって引き継がれ、繰り返されたこと自体に驚くべきであり、繰り返し実行され得た根底には、テロリストたちに「人間の諸権利」を認めようとするかの、心情的な世論の誤謬があった・・・。
@結局、「イスラム以外は敵」とか言ってるような連中の、その性根が変わるようなことに、腹立たしいながらも、由緒正しき日本人としてNobles Obligeの何かをしていかなければならないわけだ。イスラムを全員抹消できれば簡単なんだが、そうもいかないわけだし。
@その課程では、せめて、裁かれるべきイスラム教徒を特定できるときには、イスラム教徒自身によって裁かせ、「イスラム教徒以外は敵だから殺してやったのは正しい」とか言ってるアホの主張そのものも、世界中の監視のもとで、きちんと「否定!」させるべき。
@イスラム自身が、イスラムの「教義」(?)を、世界のみんなが見聞している状況下で、否定するということ――Nobles Oblige も必要だが、同時にそれも、欠かせない。人類が(この場合は、腹立たしいかな、イスラムもその一員として)そのプロセスを経験しない限り、「テロとの戦争」は終わりようがない、と思う。
@「イスラム原理主義者」がキチガイ以外の何者でもない、ことが改めて確認できる。
@というか、どんなにニュース記事の行間に想像力を働かせようとしても、実際の「血」を見たことがなければ限界があって、「屠殺」行為そのものなんて、普通は、傍観者としてでさえ経験がないわけだ。
@オイラは、「血」も「殺人」も直接は経験はないが、「テロがかすめた」り「弾や爆弾に当たりかけた」ことは一度ならずある。そっちの経験から、「その瞬間」についての想像ということには、時間の積み重ねがある。
@特定の外国の特定の場所などで、あるはずのない「紙袋」が〝不自然な場所〟にある状態を、周りの「未経験者」たちよりはよほど素早く、発見もする。そして、その瞬間には、何事かを想像しないわけにはいかなくなる。
@とはいえ、「血」や「肉」や「殺人そのもの」について映像的に想像が出来たりするわけじゃあ、もちろんない。
@ニュースの行間(特に日本語の)で、例えば、パレスチナのテロリストが、自爆する瞬間(の肉の飛び散り具合だとか・・・)や、その爆発で、女子供らまでが「意図的に狙われて」殺される――その死のごく短い時間の中で、まず肌が、爆風や破片物によって傷つけられ、肉に至り、内蔵を飛び散らせ、けれども彼女らはまだ生きており、血が流れ、激痛を感じ、場合によってはとうとうその瞬間にショックによって死を迎えたり、あるいは、痛みが続き血が流れ、「数分間」ほどの地獄を味わわされたのちに、ようやく解放される・・・。
@そうした細部も含めて、テロの現場で起こったはずのことすべてを、想像力だけで共有しようとする努力には、やはり、所詮、悲しいかな、限界がある。報道を読み、聴き、観る者たちの、受信器の精度だって千差万別だ。
@一方で、ああした映像を見せつけられれば、分析も史実も直観も必要ない。端的にただ、キチガイ以外の何者でもない、の一言で十分だ。
@問題は、世界中の大多数の人間が、その認識を常時持ち続けていられるなら、ああしたことはそもそも起こり得ないはずだ、ということだ(今の世論の大多数は、もっともらしいこじつけを聞かされると、「もちかちたらたキチガイじゃないかも〜」、とか思っちゃったり思わなかったりと、フラフラしてんだ)。
@アイツらを資金的に援助してる奴らがいて、そんな行為さえ、「許されない!」と主張し続けられる自由意見が圧倒的多数のコンセンサスなら、アイツらはあの姿形では、そこにいない。同様にテロリストの実行犯も、幇助者も、運び屋も、アジトの提供者も同様に「殺人罪」だという認識が確立されていれば、拉致だの屠殺だのということはあり得ない。
@とどのつまり、世界世論の一人一人が、善悪の単純な区別や、そもそも、人命尊重という当たり前の最優先事項を飲み込めるようになるまで、現代史というのはあの手の残虐行為と、その直截的な流布、といった、侮蔑めいた醜さを繰り返し重ねていかなければならない、ということなのではないか。
@テロリスト共の主張に耳を傾けて、「一理ある」とかナントカ、能書きを垂れたがる馬鹿野郎共がついに口を閉ざすようになるまで、キチガイであるイスラム原理主義者やパレスチナのテロリスト共は、のさばり続けるのだ、キチガイとして。
@世界がハタと気づく頃に現在を振り返ってみれば、一般市民らを意図的に殺害しようとするテロリストという者たちが実在したが、そのような暴挙が、何年にもわたって引き継がれ、繰り返されたこと自体に驚くべきであり、繰り返し実行され得た根底には、テロリストたちに「人間の諸権利」を認めようとするかの、心情的な世論の誤謬があった・・・。
@結局、「イスラム以外は敵」とか言ってるような連中の、その性根が変わるようなことに、腹立たしいながらも、由緒正しき日本人としてNobles Obligeの何かをしていかなければならないわけだ。イスラムを全員抹消できれば簡単なんだが、そうもいかないわけだし。
@その課程では、せめて、裁かれるべきイスラム教徒を特定できるときには、イスラム教徒自身によって裁かせ、「イスラム教徒以外は敵だから殺してやったのは正しい」とか言ってるアホの主張そのものも、世界中の監視のもとで、きちんと「否定!」させるべき。
@イスラム自身が、イスラムの「教義」(?)を、世界のみんなが見聞している状況下で、否定するということ――Nobles Oblige も必要だが、同時にそれも、欠かせない。人類が(この場合は、腹立たしいかな、イスラムもその一員として)そのプロセスを経験しない限り、「テロとの戦争」は終わりようがない、と思う。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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