立てずにやったとは思えませんが
投稿者: cure208 投稿日時: 2000/10/26 00:38 投稿番号: [707 / 20008]
両者が、それぞれに「神」様に誓って行った事だと考えています。
と、いうよりはそう信じているだけですが。
しかし、確かに「義人はいない。一人もいない。」のでしょうね。
神様との契約を守れるのは、この世における好運を得られたごく一部の人々だけであって、それ以外の多くの人はその慈悲を乞う形になると思います。
交通ルールに違反せずに数十年過ごすのも、そんなに簡単ではありませんし、最後には運がものを言います。
イスラエルもパレスティナも、神に誓って和平に合意したと思うのですが、自分が誓いを破ったとはやはり言えないでしょう。
相手に責任を負わせ、相手が悪い事にしなければ、損害を受ける以前に背教者になってしまうのでしょう。
かくして世の中は常に虚偽で満たされ、真実を知りかつ守る者は、常に「私」になるのでありましょう。
しかし彼らの神でさえ、虚偽と殺人とを禁じてはいたはずです。
よくよく考えると、彼らには『宗教改革』も『信長』もない訳です。政治と宗教の分離が(T-T)ないのに、戦乱が終わるはずもございません。
アラビア語圏内の近代化、分けても政教分離が行われた暁には、この問題を実利的に解決する事もできると思いますが、恐らくはその時までには現在のイスラエル国はレコンキスタされるのではないか、と考えております。
歴戦の臆病者はいるが、歴戦の勇者は「いない」と聞きます。
彼らは、不幸にも、戦いすぎ、逃げ損なった方々ではないかと思うのです。無敵だった国はありません。恐らく、これからも。
これは メッセージ 695 (TERUTERUKID さん)への返信です.
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