>神様との和解
投稿者: fujinohigumajp 投稿日時: 2003/11/07 19:00 投稿番号: [6859 / 20008]
人が神の意をどのように評価し実行するか。神とは人々の精神そのものであり人の弱さが神という存在を欲しているとも言えます。そして自己の行動の後ろ盾として欲するものでもあります。
宗教が排他性を帯びるのは自己の欲求を押し通そうとする意識の表れともとれます。1度聖クルーアン(イスラム聖典)を読んでみれば分かりますが書いてある通りに行動すると敬虔なイスラム教徒のテロリスト1人完成です。
基本的に欲求によって神が創造されたとすると宗教対立とは相反する欲求の対立とも言えるのでどこか妥協点を見いださないと共存はありえません。
まだ人種としてユダヤ人の方が(世界の激流に揉まれまくってそうなるしかなかった)現実での妥協と言うものを知っていると思います。1947年の国連決議(イスラエル・パレスチナそれぞれの独立と国家承認)をユダヤ人は承諾しましたがアラブ社会・パレスチナ人は拒絶して戦争(中東戦争)に持ち込んだ経緯があります。
これは メッセージ 6858 (katikatidon9 さん)への返信です.
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