アーサー・ケストラーについて
投稿者: sascom007 投稿日時: 2003/03/18 11:37 投稿番号: [4868 / 20008]
アーサー・ケストラーを愛読している者として発言させて頂きますが、アーサー・ケストラーの各分野での非常にユニークな問題提起は確かに興味深いものではありますけれど、それらは所謂「異論」として面白いのであって、確定したものでもなんでもありません。
例えばケストラーは、「十三番目の支族」(1977年)を書いた翌年に「ヤヌス(邦題はホロン革命)」という本を書いていますね。この中で彼は、「進化論」を否定する論陣を張っています。確かに現代では常識とされている「進化論」にも胡散臭いところがあり、ケストラーはそこを見事に突いているわけで、その視点の鋭さには感心させられますが、かと言ってそれだけで、「進化論」の全てを否定するような読者はいないと思います。
当然ながら、「進化論」を完全に否定するには、もっと科学的な裏付けが必要だからです。
「アシュケナージの起源はハザル(カザル)人である」という説も、その種の異論の一つであり、多くの専門家(歴史学者や文化人類学者etc.)がお墨付きを与えているような学説ではありません。
とはいえアーサー・ケストラーが唱えたということで、センセーショナルに取り上げられ、世界的な話題になったことは確かです。
例えば一時広河隆一の妻になっていたユダヤ人のルティ・ジョスコヴィッツも、ケストラーの影響を受け、「私の中のユダヤ人」という本を書き、1982年度の「プレイボーイ・ドキョメントファイル大賞」を取りました。この著書の中でルティは、「自分のルーツはトルコ系ハザル人」と告白調で語っています。
その後もケストラーの影響を受けた何人かの人が、同様の内容の主張をしていますが、どれも同工異曲で今のところケストラーを超えるようなものは見受けられません。
私もケストラーは、「真昼の暗黒」「スペインの遺書」「夢遊病者たち」等々読み込んできていますので、彼の作家としての才能と警世家としての情熱を十分評価しています。
だからこそ、私はケストラーを愛読してきた者として、これだけは言って置きたいと思います。
もし後世の人が、ケストラーの「アシュケナージの起源はハザル人」説を持ち出し、それを政治的に利用して、「パレスチナ問題」をさらに昏迷化、複雑化させようとするなら、それはケストラーの本意ではなく、むしろケストラーの意思に反する行為であるということです。
★アーサー・ケストラー(1905〜1983)略歴
アーサー・ケストラーはハンガリー生まれのユダヤ人。1931年に「共産党員」となり、その後「スターリニズム」に幻滅して脱党、「スペイン内乱」に参加してフランコ政権に投獄され、さらに「第二次大戦」中はフランスの「外人部隊」で活躍。
1948年、イギリスに帰化。
これを見ても分かるように、非常に複雑な経歴の持ち主である。
若年時よりシオニズム、コミュニズム等々を経て、最終的には人間が実存的に内包している“おぞましさ”のようなものに突き当たり、最後は夫人と共に自殺(1983年3月)。
例えばケストラーは、「十三番目の支族」(1977年)を書いた翌年に「ヤヌス(邦題はホロン革命)」という本を書いていますね。この中で彼は、「進化論」を否定する論陣を張っています。確かに現代では常識とされている「進化論」にも胡散臭いところがあり、ケストラーはそこを見事に突いているわけで、その視点の鋭さには感心させられますが、かと言ってそれだけで、「進化論」の全てを否定するような読者はいないと思います。
当然ながら、「進化論」を完全に否定するには、もっと科学的な裏付けが必要だからです。
「アシュケナージの起源はハザル(カザル)人である」という説も、その種の異論の一つであり、多くの専門家(歴史学者や文化人類学者etc.)がお墨付きを与えているような学説ではありません。
とはいえアーサー・ケストラーが唱えたということで、センセーショナルに取り上げられ、世界的な話題になったことは確かです。
例えば一時広河隆一の妻になっていたユダヤ人のルティ・ジョスコヴィッツも、ケストラーの影響を受け、「私の中のユダヤ人」という本を書き、1982年度の「プレイボーイ・ドキョメントファイル大賞」を取りました。この著書の中でルティは、「自分のルーツはトルコ系ハザル人」と告白調で語っています。
その後もケストラーの影響を受けた何人かの人が、同様の内容の主張をしていますが、どれも同工異曲で今のところケストラーを超えるようなものは見受けられません。
私もケストラーは、「真昼の暗黒」「スペインの遺書」「夢遊病者たち」等々読み込んできていますので、彼の作家としての才能と警世家としての情熱を十分評価しています。
だからこそ、私はケストラーを愛読してきた者として、これだけは言って置きたいと思います。
もし後世の人が、ケストラーの「アシュケナージの起源はハザル人」説を持ち出し、それを政治的に利用して、「パレスチナ問題」をさらに昏迷化、複雑化させようとするなら、それはケストラーの本意ではなく、むしろケストラーの意思に反する行為であるということです。
★アーサー・ケストラー(1905〜1983)略歴
アーサー・ケストラーはハンガリー生まれのユダヤ人。1931年に「共産党員」となり、その後「スターリニズム」に幻滅して脱党、「スペイン内乱」に参加してフランコ政権に投獄され、さらに「第二次大戦」中はフランスの「外人部隊」で活躍。
1948年、イギリスに帰化。
これを見ても分かるように、非常に複雑な経歴の持ち主である。
若年時よりシオニズム、コミュニズム等々を経て、最終的には人間が実存的に内包している“おぞましさ”のようなものに突き当たり、最後は夫人と共に自殺(1983年3月)。
これは メッセージ 4867 (pikopiko_hippo さん)への返信です.
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