「ディル・ヤシン村虐殺事件」について
投稿者: sascom007 投稿日時: 2003/01/17 15:34 投稿番号: [4739 / 20008]
<“イスラエルが建国以前に、パレスチナ人への威圧、放逐、虐殺をディル・ヤシン村でしていた”という情報は本当なんでしょうか?>
1948年4月9日〜10日に、イスラエルの民族軍事組織である「イルグン・ツバイ・レユミ(エツェル)」と「シュテルン(レヒ)」により、テルアビブとエルサレムを結ぶ街道沿いのディル・ヤシン村で、住民254名が殺されたというのは本当の話です。
「イルグン」とその分派である「シュテルン」は、ユダヤ人の軍事組織の中核である「ハガナ」からも過激すぎるということで問題視されていた組織でした。
当時の状況としては、パレスチナ人がエルサレムを包囲しており、エルサレムのユダヤ人が孤立していましたので、これを救援するためエルサレムに向かった「イルグン」と「シュテルン」の部隊が、街道沿いのディル・ヤシン村でパレスチナ人(及びイラク兵)と交戦し、その際に非戦闘員の村人多数を殺害したという事件です。
パレスチナ側指導部は、この事件を「ディル・ヤシン村虐殺事件」として大々的に取り上げ、「この事件が切っ掛けとなってパレスチナ人の大量難民が発生した」と主張するようにさえなりましたが、殊更この事件とパレスチナ難民発生とを関連付けようとする試みは、多分に政治宣伝的なものだといえるでしょう。
その後、パレスチナ側による報復事件として、1948年4月14日の「ユダヤ人医師団虐殺事件」(死者77人)、同年5月13日「エティオンブロック虐殺事件」(死者276名)が発生。
残念ながら当時は、このような悲劇的な事件が頻発していたのです。
N.B.
イスラエル側は「ディル・ヤシン村虐殺事件」の死者は116名と主張。一方パレスチナ側は「ユダヤ人医師団虐殺事件」の死者は47名と主張)
これは メッセージ 4738 (happyskay2009 さん)への返信です.
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