イスラエル/パレスチナ和平

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「湾岸戦争」関連

投稿者: sascom007 投稿日時: 2002/11/25 12:01 投稿番号: [4608 / 20008]
「湾岸戦争」については、「フセイン大統領がアメリカに嵌められた」という見方には、全く理由がないわけでもありません。確かにフセイン大統領は、「クウェート侵攻」の直前に米大使を呼び、仄めかすような質問をし、それに対して米大使は「アメリカは原則として、アラブ諸国同士の紛争には、介入する意思はない」と一般論で答えています。
それは後に「米議会」でも問題とされ、「その時点で、大使はイラクのクウェート侵攻を予期できなかったのか?」と批判されたものでした。
また「イランーイラク戦争」(1980年〜1988年)が勃発した時、イランの「イスラム原理主義革命」が湾岸諸国に輸出されることを嫌ったアメリカなど欧米諸国は、こぞってイラクを軍事的に支援しましたが、戦争が終わってからは、むしろ軍事大国化したイラクの野心に警戒感を高めていたことも事実です。イラクの軍事的脅威に対する警戒感は、シリア、サウジアラビア、エジプトなどアラブ諸国の間でも高まっていました。
或る意味では、1990年頃には多くの国々が「機を見てイラクの脅威を取り除きたい」と考えていたのは間違いありません。
このような状況下で、フセイン大統領は、敢えて「クウェート侵攻」を断行したわけです。国際社会が、これ幸いと反イラク包囲網を構築したのは御承知の通りです。
フセイン大統領が状勢分析を誤ったのか、それともそれも折り込み済みの行動だったのかについては諸説がありますが、その後の展開から見て、少なくとも「クウェート侵攻」(1990年8月2日)を「湾岸戦争」(1991年1月17日開戦)にまで発展させてしまったのは、フセイン大統領の判断ミスだと思いますね。もしフセイン大統領が「クウェート侵攻」後に、「嵌められた、これはまずい」と感じたのであれば、撤退する機会は何度もあったのですから。ソビエトやフランス、「国連」などが繰り返しイラクに「和平案」を呈示したにも関わらず、虚勢を張り続けた結果「湾岸戦争」に至ったわけです。

「湾岸戦争」の結果、フセイン大統領の野心は潰え、アメリカなど湾岸に石油利権を持つ国々は、当面その利権を維持することに成功しました。

イスラム諸国が「クウェートに対してあまり同情的ではなかった」いいますが、イラクに対しては、それ以上に同情的ではありませんでしたよ。同情的どころか、サウジアラビア、シリア、エジプトなどは対イラク戦争に参加したほどですから。
そもそもイスラム諸国には、「王政」の国々、「大統領制」の国々、それに「政教一致」のイランがあるわけですが、「王政」以外の国家は、ジャビル首長「独裁体制」のクウェートには、もともと批判的なわけです。それに豊富な石油資源を持ち、国全体が裕福なクウェートには、資源をあまり持っていないアラブ諸国は、ヤッカミの感情を持っています。また国籍に関係なく、多くの貧しいアラブ人達も、貧乏人が金持ちに対する嫉みにも似た感情を持っています。
以上が被害者であるにも関わらず、クウェートがアラブ諸国にさえ、あまり同情されない主たる理由と思います。
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