あひゃ
投稿者: timpo_man 投稿日時: 2002/10/28 09:07 投稿番号: [4519 / 20008]
yoshinorirachさん。
丁寧にどうも。
戦略信奉は私自身が信じる理論です。とはいってもいまだに自分の中では発展途上で、学ぶことは多いですが、少なくとも国際関係では単なるマイノリティーの一つではないと思います。過去の偉大な戦略家としてクラウセヴィッツの名前がよくあがりますが、今後彼の『戦争論』を読み解き、実際の事例や、他の知識人にも触れながら自分の考えを確立していきたいと思っています。ソマリア派兵については、お恥ずかしいことに、(事例として出しましたが)それほど込み入った知識がないのが現状です。今回『人道的介入』と関連させて、ソマリアのケースとコソボのケースを元にペーパーを仕上げるつもりですので、その過程でもう少しコメントできるようになるかもしれません。ただ、現在においてソマリアでの失敗は根本的な『戦略の欠如』と見ています。平和維持活動後の臨時政府樹立の見通しや、隣国に対する協力合意の欠如、その他諸々に関するブループリントが事実上出来上がってないまま、介入してしまい、結果的に惨事を巻き起こしてしまいました。(内政不干渉の原則を打ち破ってまで)人道的な理由を基に介入するのことには依存はありませんが、その介入は確固とした戦略的展望を持ったものでなければいけません。むろん、前もって建てた『こぎれいな計画』など何ら役には立ちませんが、不変の事態に備えた柔軟な戦略思考が極めて必要とされると考えます。
>もちろん理想論で終わるかもしれませんがわたしは本当に「戦争はダメ、殺し合いはダメ、これには言い訳はない」 と思っていますが、これは戦争にかかわろうとするすべての「当事者」が意識すべきものとして考えています。
私の意見として、これはおっしゃるとおり『もちろん理想論で終わる』ものです。旧ユーゴの紛争なんぞ、その典型ではないでしょうか?『セルビア人問題』は当初から話し合いで解決できるものではなく、国際社会の介入までは血の嵐となりましたし、ソマリアのケースではアイディードを始めとする『当事者』に『戦争はダメ、殺し合いはダメ、これには言い訳はない』と説いて回ったところで『はいそうですか』と納得するはずも無かったでしょう。また、集団的安全保障を目指してウィルソンが理想論を掲げた結果、国際連盟は第二次大戦を防ぎきることはできませんでした。無論、これらには実益が絡んでいることは言うまでもありませが、国際関係上から『戦争』は政治の単なる延長であるという概念が消え去らない限り、個々の国は何もせずに相手が『戦争はダメ、殺し合いはダメ、これには言い訳はない』という理念を守ってくれると無垢に信じるのではなく、保身のために武装をします。これはまったく自然な行為です。冷戦はまさにこの極端な例ですよね。冷戦開始直後の米ソの互いを見るまなざしをケナンの論文やノビコフの電報などの主要な書類を通して見れば明らかに相互疑心が読み取れます。(面白いと思うのはフランシスフクヤマのリベラル民主主義に基いた共生論でしょうか。まあ、一読に値するかしないかを決める[もしくは馬鹿らしいとして一蹴する]のは読者でしょうが、私は面白いと感じます。)
>追伸:ご自身も「田中宇」まじめに読んでいらっしゃるようですねw
これは一本取られましたが、読んでます。(わらい。まあ参考程度にしとかないと、たんなるきちがいにしか見られなくなりますから注意してます。
丁寧にどうも。
戦略信奉は私自身が信じる理論です。とはいってもいまだに自分の中では発展途上で、学ぶことは多いですが、少なくとも国際関係では単なるマイノリティーの一つではないと思います。過去の偉大な戦略家としてクラウセヴィッツの名前がよくあがりますが、今後彼の『戦争論』を読み解き、実際の事例や、他の知識人にも触れながら自分の考えを確立していきたいと思っています。ソマリア派兵については、お恥ずかしいことに、(事例として出しましたが)それほど込み入った知識がないのが現状です。今回『人道的介入』と関連させて、ソマリアのケースとコソボのケースを元にペーパーを仕上げるつもりですので、その過程でもう少しコメントできるようになるかもしれません。ただ、現在においてソマリアでの失敗は根本的な『戦略の欠如』と見ています。平和維持活動後の臨時政府樹立の見通しや、隣国に対する協力合意の欠如、その他諸々に関するブループリントが事実上出来上がってないまま、介入してしまい、結果的に惨事を巻き起こしてしまいました。(内政不干渉の原則を打ち破ってまで)人道的な理由を基に介入するのことには依存はありませんが、その介入は確固とした戦略的展望を持ったものでなければいけません。むろん、前もって建てた『こぎれいな計画』など何ら役には立ちませんが、不変の事態に備えた柔軟な戦略思考が極めて必要とされると考えます。
>もちろん理想論で終わるかもしれませんがわたしは本当に「戦争はダメ、殺し合いはダメ、これには言い訳はない」 と思っていますが、これは戦争にかかわろうとするすべての「当事者」が意識すべきものとして考えています。
私の意見として、これはおっしゃるとおり『もちろん理想論で終わる』ものです。旧ユーゴの紛争なんぞ、その典型ではないでしょうか?『セルビア人問題』は当初から話し合いで解決できるものではなく、国際社会の介入までは血の嵐となりましたし、ソマリアのケースではアイディードを始めとする『当事者』に『戦争はダメ、殺し合いはダメ、これには言い訳はない』と説いて回ったところで『はいそうですか』と納得するはずも無かったでしょう。また、集団的安全保障を目指してウィルソンが理想論を掲げた結果、国際連盟は第二次大戦を防ぎきることはできませんでした。無論、これらには実益が絡んでいることは言うまでもありませが、国際関係上から『戦争』は政治の単なる延長であるという概念が消え去らない限り、個々の国は何もせずに相手が『戦争はダメ、殺し合いはダメ、これには言い訳はない』という理念を守ってくれると無垢に信じるのではなく、保身のために武装をします。これはまったく自然な行為です。冷戦はまさにこの極端な例ですよね。冷戦開始直後の米ソの互いを見るまなざしをケナンの論文やノビコフの電報などの主要な書類を通して見れば明らかに相互疑心が読み取れます。(面白いと思うのはフランシスフクヤマのリベラル民主主義に基いた共生論でしょうか。まあ、一読に値するかしないかを決める[もしくは馬鹿らしいとして一蹴する]のは読者でしょうが、私は面白いと感じます。)
>追伸:ご自身も「田中宇」まじめに読んでいらっしゃるようですねw
これは一本取られましたが、読んでます。(わらい。まあ参考程度にしとかないと、たんなるきちがいにしか見られなくなりますから注意してます。
これは メッセージ 4502 (yoshinorirach さん)への返信です.
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