>原爆
投稿者: welcome_hanbei 投稿日時: 2001/10/25 00:47 投稿番号: [2028 / 20008]
お返事ありがとうございました。
つまり「原爆(核爆弾)がなぜいけないか」の答えは「相手に与えるダメージとその後の汚染が酷すぎるから」ということですね? どうも「武器としてパワーがありすぎるからよくない。あまり強力なものは使わずほどほどのもので戦うべきだ」と言われているようで、いかにもアホくさいというか、何を使っても人殺しに変わりはないではないか、という気がするのですね。どんな武器も「より効果的に多くの人を殺すため」に日夜改造されるのであれば、そうした中で「ここまではいいけど」と一線を設けて人道ぶるのって却って変じゃないですかね。どうせなら武器製造そのものを否定するべきですし、バンカーバスターを崇めながら「でも核爆弾はよくないと思うからボクはいい人」というのは偽善でしょう。
それに核の悪がもし「人間に与える影響が著しいため」という点にあるのであれば、現在核を製造・保有しているすべての国が等しく悪いことになります。しかしそれらの国は悪くはなく、原爆を落としたアメリカだけが悪い、というのはなぜでしょう。「核爆弾は効果が大きすぎるので悪だ」というのは、アメリカが日本に原爆を投下して初めてわかったことではないでしょうか。そうであれば、その前の投下の意志決定には格別悪は見出せないように思うのですが、いかがでしょうか。
>型の違う2つの爆弾をテストしたかった、ということはご存知でしょうか?
>「原爆が白人の国に使用されなくてよかった」と言われていることはご存知ですか?
この程度のことは誰でも想像するものです。アメリカは原爆を作ったから使ってみたかったのであり、日本は黄色の国だったから落とされたんだろうなと。しかしだからといって原爆(投下)が悪い・アメリカが悪いとは思えないんですよね。だってそうした先進の爆弾を使う口実を与えたのは日本なわけで(今もタリバンについて同じことを思いますが)、己の非は言わずに使われた爆弾の効果が著しいというあたりを責めるのって変じゃないかなと。
実際には私も原爆の酷さは理解できますし、今の世界で投下後の惨状を背負えるだけの政権なり指導者がいるとは思えない(即ち核爆弾は使用されないであろうと思う)のですが、もしアルカイダが核爆弾を使えば米国他もその限りではないでしょう。結局人道的見地から導き出されたかに見える「ここまでは」の一線など、その程度の軽いもの、つまりはただのまやかしに過ぎないのではないでしょうか。
つまり「原爆(核爆弾)がなぜいけないか」の答えは「相手に与えるダメージとその後の汚染が酷すぎるから」ということですね? どうも「武器としてパワーがありすぎるからよくない。あまり強力なものは使わずほどほどのもので戦うべきだ」と言われているようで、いかにもアホくさいというか、何を使っても人殺しに変わりはないではないか、という気がするのですね。どんな武器も「より効果的に多くの人を殺すため」に日夜改造されるのであれば、そうした中で「ここまではいいけど」と一線を設けて人道ぶるのって却って変じゃないですかね。どうせなら武器製造そのものを否定するべきですし、バンカーバスターを崇めながら「でも核爆弾はよくないと思うからボクはいい人」というのは偽善でしょう。
それに核の悪がもし「人間に与える影響が著しいため」という点にあるのであれば、現在核を製造・保有しているすべての国が等しく悪いことになります。しかしそれらの国は悪くはなく、原爆を落としたアメリカだけが悪い、というのはなぜでしょう。「核爆弾は効果が大きすぎるので悪だ」というのは、アメリカが日本に原爆を投下して初めてわかったことではないでしょうか。そうであれば、その前の投下の意志決定には格別悪は見出せないように思うのですが、いかがでしょうか。
>型の違う2つの爆弾をテストしたかった、ということはご存知でしょうか?
>「原爆が白人の国に使用されなくてよかった」と言われていることはご存知ですか?
この程度のことは誰でも想像するものです。アメリカは原爆を作ったから使ってみたかったのであり、日本は黄色の国だったから落とされたんだろうなと。しかしだからといって原爆(投下)が悪い・アメリカが悪いとは思えないんですよね。だってそうした先進の爆弾を使う口実を与えたのは日本なわけで(今もタリバンについて同じことを思いますが)、己の非は言わずに使われた爆弾の効果が著しいというあたりを責めるのって変じゃないかなと。
実際には私も原爆の酷さは理解できますし、今の世界で投下後の惨状を背負えるだけの政権なり指導者がいるとは思えない(即ち核爆弾は使用されないであろうと思う)のですが、もしアルカイダが核爆弾を使えば米国他もその限りではないでしょう。結局人道的見地から導き出されたかに見える「ここまでは」の一線など、その程度の軽いもの、つまりはただのまやかしに過ぎないのではないでしょうか。
これは メッセージ 2023 (noukimagiwa さん)への返信です.
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