善悪と有益有害とは違う
投稿者: eggusandot 投稿日時: 2011/03/04 23:16 投稿番号: [19471 / 20008]
ユダヤ教は、現在のサンヘドリン系と、昔のユダヤ系の二つがあると思います(昔のユダヤ教は既にありません)。サンヘドリン系というのは、旧約聖書ではなくタルムードを大切にする。ヤフエア−ではなくルシファーを神とする。金儲けを否定するどころか、金儲けを重要視する。全然違うわけで、善悪を言えば、「悪」と言って良いかも知れません。ただ、人類にとって有益か有害かを問えば、自分としては有益と考えています。結局正しいだけでは、ルネッサンス前のキリスト教、現在のイスラム教のように、非常に遅れたものになり、新しい文明を科学を次々と生み出していく力はありません。だからといって、中国のようなあり方は悪すぎて有害ですし、不思議なのは日本、弱々しく見えながら活力と発展性があります。
パレスチナ問題に関して、自分はシオニズムは立て前で、石油利権のためのくさびを打つことが本当の目的で、パレスチナ人はその犠牲となっていると考えています。そのこと自体は許し難いと言う事になるのかもしれません。でも、そのくさびが無くて、イスラム系が石油に対する強い利権を握っていたとすれば、イスラムは金も持ちになっても、科学の発展のためには使わず、今の時代も数十年遅れていたと考えています。将来のことを考えれば、それこそ絶望的だったと思います。その他のことを考えても、ユダヤのすることは善悪を言えば悪い、でも、有益が有害かを言えば、有益であると感じています。
ただ、悪いことに対する歪みはどうしてもでます。ユダヤがそれに対応できるかどうかと言う事です。そこら辺はユダヤの考える力に期待するしか有りません。
もう一つは、イスラムの方は、パレスチナ問題で原理主義に走っています。たとえ善悪で言えば善でも、有害なことです。将来を見据える力は、ユダヤより遙かに劣ると思います。上手に将来につなげていくことが出来るかを考えるとき、イスラムに関してはかなり絶望的なものを感じます。それと、ユダヤもサンヘドリンなどのトップの方でない一般ユダヤ人は何も知らないで利用されて可哀想ではあっても、イスラム系と近い絶望的なものを感じます。
たとえれば、
阿修羅と帝釈天の争い、悪いのは帝釈天の方でしたが、帝釈天の方は戦いながらも善政に心掛けていきました。阿修羅は、相手が悪いと戦う心にばかり満ち、神の座から、落ちてしまいます(それが六道の阿修羅界なのですが)。イスラムの人間や、ユダヤでも下の方の人間には、そんな悲しい運命を予感させるものがあります。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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