イスラエル/パレスチナ和平

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停電のガザとカッサムの降り注ぐスデロット

投稿者: imonoyama3 投稿日時: 2008/05/13 00:39 投稿番号: [15687 / 20008]
ガザから撃ち込まれたカッサムロケットで夫を殺害された女性は、
「双方の被害者の苦しみをとめて」と語っていた。
夫を殺害されたにもかかわらず「双方の被害者の苦しみ」と
語り得るところに敬意を抱く。
夫を目の前で殺害したパレスチナ側を口汚く罵ることもできたのに。

一般市民たる自分達が苦しんでいる。
しかしガザの一般市民も苦しんでいる。
そのように考え得るところに敬服する。

ここに紛争を解決していく実在的可能性をみる。

そうなのだ。
非武装の一般市民が何故苦しまねばならないのか。
それは理不尽だ。

ガザの150万人住民は集団懲罰を受けている。
しかしイスラエルのスデロットやアシュケロンの
数万人の住民もまた被害を受け続けている。
確かに数的には150万人対数万人だから数十倍の量的違いがある。
しかし非武装の一般市民が殺傷や精神的被害等も含めて
市民生活が脅かされているという質的意味に於いては同一性を有している。

私は何故ガザの封鎖に抗議するのか。
非武装の一般市民への集団的懲罰だからだ。
では、同時に非武装の一般市民への殺傷行為であるスデロットやアシュケロン
へのガザからのロケット弾発射にも抗議をするのは当然である。

判断基準は非武装の一般市民への殺傷行為は
どのような理由があれ許してはならないということだ。
それが根拠だ。

更に言えば、片方だけを取り上げて非難することは片手落ちだと考えている。

もし、<非武装の一般市民への殺傷行為は許せない>ということを
判断基準にするのなら、論理必然的にそういうことになる筈だ。

それでも片方だけしか取り上げないというのもまた『自由』ではあるけれども、
何故そうなってしまうのかは私には分からない。
ある場合には、そこには何らかの『政治的意図』が
働いているということなら理解はできる。
それは政治技術主義の賜物だ。
何故なら非武装の一般市民への被害を許せないということが目的ではなく、
特定の立場、特定の利害を貫徹しようとするものだからだ。
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