Re: 人類が過去より発展したものは???
投稿者: repko_pko_pkf 投稿日時: 2007/12/12 03:05 投稿番号: [15150 / 20008]
yqxfk192さん、こんばんは。
亀レスすいません。
>>変わらないその「性」や「業」、「エゴ」に対してなのです。
>太古も現代も、そんなに人間は成長・発展していないものです。
ほんと、そうなんですよねぇ・・・
いったいどれくらい進化すれば、この壁を超えられるのでしょうか?
まあしかし、エゴを克服した人類というのも、何か違うような気がしないでも・・・・
>わたしは建築の仕事をし、また歴史も好きなので、建築史にも大変興味があります
そうなんですか!
私も歴史は好きですし、
特に、謎の多い古代建造物などには、今でもかなり心惹かれるものがあります。
旅行嫌いで飛行機嫌いの私なのですが、実は2年前にそれらの困難を乗り越えて憧れのエジプトへ行ってきました。
そして実際に目にする遺跡は、どれも言葉を失うほどのインパクトで、その圧倒的な存在感と美しさに見惚れると同時に、一方で古代の方々の恐るべき創造力に対し畏敬の念を強く抱きました。
どの遺跡を見ても、まさに人類の美と英知の結晶と言えるようなものばかりでした。
特に、ギザの三大ピラミッドの存在感は格別でした(個人的にはアブシンベル神殿やハトシェプスト女王葬祭殿のほうが好きなのですが)。
もちろん、現代でも相応のものは造れますし、それ以上のものも出来るでしょう。
しかし、いくらすばらしいものが出来たとしても、技術的には何一つ劣っていなかったとしても、きっとピラミッドほどの存在感は感じられないでしょう。
なぜなら、あの強烈な存在感の最大の理由は、数千年という途方もない年月を経てなお、変わらずにあり続けてきた事です。
また、法隆寺の五重塔にしても、長年溜まったアカを落としてやると、いまだに自身の復元力を発揮するそうですし・・・
こういった時間を越える事を可能にする技術力は非常に重要であり、
結局、美しさと時間の超越、この2つを極める事によってのみ、あの存在感が生まれているのでしょうね。
ということで、今の科学技術力がすべてではないですし、逆に先人から学ぶべきことも多いという事ですね。
>小国ならまだしも、世界のリーダー的国の代表者達が、自分=自国のみの考えでは、地球は破滅の道しか無いと考えます。
もしリーダーたらんとするなら、自分という狭く主観的な視点ではなく、広い視野と客観的視点で全体を見なければならないのは当然ですし、そうあるべきなのは今さら言うまでもありません。
しかし、世界が国家という区切りに縛られている限り、社会生活を営むすべての生物と同様に、それぞれが自我に支配され家族や友人、共存者や敵対者といった様々な関係を構築しながら生きており、それは常に、何らかの形で生存競争に晒されているということでもあります。
そして、そうである以上、それぞれが自己を主張したり、他者を犠牲にしたりする事は当然であり、ある意味仕方がない事でもあります。
さらに、個人と違い国家は、多数の人の集合体であり、その判断は当然、多くの人に影響を与えてしまうので、より慎重に、自己中心的にならざるを得ないのです。
つまり、為政者が国家国民の代表である以上、まず第一に自国の民衆の事を考慮しなければならないのは、当然といえば当然であり、
逆に国家の代表が自国を蔑ろにし他を優先したとしたら、それこそ自己否定をしているようなものですし、当然国家の規模や力などで区別されるものではないので、たとえアメリカやロシア等の大国であろうと同じです。
つまり、リーダー的という理由でその国の国益の追求を否定することは出来ません(まあしかし、それ以前に現状では「リーダー」という言葉自体、「自己中なガキ大将」という程度の解釈が妥当なところではないでしょうか?)。
ただ、別に自国の国益を求める事は否定しませんが、同時にできる限り周囲の状況も考慮するべきですし、それは可能なはずですので、そういった事も併せて、自分に、そして国際社会全体にとって最善とはいかなくとも、より良い選択をしてほしいですし、そうすべく努力する姿勢ぐらいは常に見せておくべきでしょうね。
長々と、乱文を晒し失礼しました。
それでは、おやすみなさ〜い
亀レスすいません。
>>変わらないその「性」や「業」、「エゴ」に対してなのです。
>太古も現代も、そんなに人間は成長・発展していないものです。
ほんと、そうなんですよねぇ・・・
いったいどれくらい進化すれば、この壁を超えられるのでしょうか?
まあしかし、エゴを克服した人類というのも、何か違うような気がしないでも・・・・
>わたしは建築の仕事をし、また歴史も好きなので、建築史にも大変興味があります
そうなんですか!
私も歴史は好きですし、
特に、謎の多い古代建造物などには、今でもかなり心惹かれるものがあります。
旅行嫌いで飛行機嫌いの私なのですが、実は2年前にそれらの困難を乗り越えて憧れのエジプトへ行ってきました。
そして実際に目にする遺跡は、どれも言葉を失うほどのインパクトで、その圧倒的な存在感と美しさに見惚れると同時に、一方で古代の方々の恐るべき創造力に対し畏敬の念を強く抱きました。
どの遺跡を見ても、まさに人類の美と英知の結晶と言えるようなものばかりでした。
特に、ギザの三大ピラミッドの存在感は格別でした(個人的にはアブシンベル神殿やハトシェプスト女王葬祭殿のほうが好きなのですが)。
もちろん、現代でも相応のものは造れますし、それ以上のものも出来るでしょう。
しかし、いくらすばらしいものが出来たとしても、技術的には何一つ劣っていなかったとしても、きっとピラミッドほどの存在感は感じられないでしょう。
なぜなら、あの強烈な存在感の最大の理由は、数千年という途方もない年月を経てなお、変わらずにあり続けてきた事です。
また、法隆寺の五重塔にしても、長年溜まったアカを落としてやると、いまだに自身の復元力を発揮するそうですし・・・
こういった時間を越える事を可能にする技術力は非常に重要であり、
結局、美しさと時間の超越、この2つを極める事によってのみ、あの存在感が生まれているのでしょうね。
ということで、今の科学技術力がすべてではないですし、逆に先人から学ぶべきことも多いという事ですね。
>小国ならまだしも、世界のリーダー的国の代表者達が、自分=自国のみの考えでは、地球は破滅の道しか無いと考えます。
もしリーダーたらんとするなら、自分という狭く主観的な視点ではなく、広い視野と客観的視点で全体を見なければならないのは当然ですし、そうあるべきなのは今さら言うまでもありません。
しかし、世界が国家という区切りに縛られている限り、社会生活を営むすべての生物と同様に、それぞれが自我に支配され家族や友人、共存者や敵対者といった様々な関係を構築しながら生きており、それは常に、何らかの形で生存競争に晒されているということでもあります。
そして、そうである以上、それぞれが自己を主張したり、他者を犠牲にしたりする事は当然であり、ある意味仕方がない事でもあります。
さらに、個人と違い国家は、多数の人の集合体であり、その判断は当然、多くの人に影響を与えてしまうので、より慎重に、自己中心的にならざるを得ないのです。
つまり、為政者が国家国民の代表である以上、まず第一に自国の民衆の事を考慮しなければならないのは、当然といえば当然であり、
逆に国家の代表が自国を蔑ろにし他を優先したとしたら、それこそ自己否定をしているようなものですし、当然国家の規模や力などで区別されるものではないので、たとえアメリカやロシア等の大国であろうと同じです。
つまり、リーダー的という理由でその国の国益の追求を否定することは出来ません(まあしかし、それ以前に現状では「リーダー」という言葉自体、「自己中なガキ大将」という程度の解釈が妥当なところではないでしょうか?)。
ただ、別に自国の国益を求める事は否定しませんが、同時にできる限り周囲の状況も考慮するべきですし、それは可能なはずですので、そういった事も併せて、自分に、そして国際社会全体にとって最善とはいかなくとも、より良い選択をしてほしいですし、そうすべく努力する姿勢ぐらいは常に見せておくべきでしょうね。
長々と、乱文を晒し失礼しました。
それでは、おやすみなさ〜い
これは メッセージ 15112 (yqxfk192 さん)への返信です.
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