Re: 宗教的哲学
投稿者: extraman007 投稿日時: 2007/10/04 18:31 投稿番号: [14660 / 20008]
>では、どうして「動」の神のもとで争いを起こすのでしょうか?
わたしが来たのは、地に火を投げ込むためです。だから、その火が燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう。しかし、わたしには受けるバプテスマがあります。それが成し遂げられるまでは、どんなに苦しむことでしょう。あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。(ルカ12:49−52)
火が燃える。熱くなってくる。目が覚める。やかんのお湯が沸騰してくる。心がゆり動く。改心できるようになる。
火の気がないところ。冷えて寒くなる。じっとして縮こまる。動くのが嫌になる。心が閉じる。眠くなる。冬眠するようになる。
赤と白と2つに分裂させる。赤と白がライバル同士になり競い合うようになる。赤と白とお互いに良いところ悪いところが見えるようになる。切磋琢磨する。競って上に登ろうとするようになる。神は這い上がってきたものを拾い出す。
さあ、入試合格点を勝ち取れる人はどのくらいいるだろう。
赤白同士で乱闘騒ぎをしている場合ではないのである。
これは メッセージ 14658 (extraman007 さん)への返信です.
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