イスラエルと日本沈没(ちょいと一服)
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/27 12:28 投稿番号: [13459 / 20008]
http://eda.s68.xrea.com/archives/000579.php
戦争に事欠かぬイスラエルであるが、国連の停戦決議後、1週間もしないうちにドンパチやったり、国連軍が派遣され復興へ進もうとするなか、イスラエルのクラスター爆弾の使用が分かった。レバノンに残された10万発の不発弾は生活だけでなく復興の妨げになり、国連の人が批判した。アナン事務総長はイスラエルのオルメルト首相に停戦後も継続しているレバノン空域・海上の封鎖を即時解除するよう求めたが、拉致したイスラエル兵を返しやがれと拒否した。
イスラエルの地は、この2千数百年の多くをユダヤ人以外によって支配されてきた。その大半がイスラム系民族であり、数百年程がラテン系民族であろうか。どちらかと言えばラテン系民族はローマもギリシャも十字軍も、ことごとく異民族につらくあたったり追放する向きであったのに対してイスラム系民族は、つらいこともしただろうけど、ペルシャ時代(現在のイランあたりを中心)のキュロス2世はバビロン捕囚のユダヤ人を開放した。アイユーブ朝(現在のエジプトあたりを中心)のサラーフッディーン(サラディン、現在のイラク ティクリート出身)は進行してきた十字軍の捕虜を殺さなかったことで、君主としてキリスト教圏でも英雄視され、現代のイギリスでも装甲車の名前にサラディンと名づけるほど。1300年にわたるオスマントルコ(現在のイラクを中心)による支配が始まっても、イスラム教を強制したわけでもなく、ユダヤ教やキリスト教のコミュニティーにはある程度の自治を与えている。
キリスト教の十字軍なんかはひどかったそうである(参考)。なぜかと妄想するとキリスト教に虐げられた経験があるからだと思う。虐げられると生まれるのが選民意識である。さすがにキリスト教は隆盛を極めた中世以降に選民思想は異端になったようだが、ユダヤはバビロン捕囚に始まり、ナチスのホロコーストにいたるまで困難続きであり現代でも根拠のない差別にあえばそりゃ根拠のない選民意識にすがりたくなるのも分かる。
近所のジジイに若い頃、ひどい困難に直面したらしい人がいて、そいつは事あるごとに、苦労話や、自慢話に余念がない。よほど理不尽な困難だったのか知らないが、おそらくいまだに過去の困難を消化できずに、困難を乗り越えたつもりで根拠のない選民意識みたいな「俺はエライ」みたいなのを頼りにしてきたように思う。僕は大した困難も実績もないので分からないが、困難を克服するには実績を上げるしかないのかなと思う。逆に選民意識的なものは経済的な成長を促すのかもしれない。
むしろ困難な状況下で、選民意識みたいなものを持たないと滅びると言うことだろうか。イスラエル建国までの長い年月を、幾世代ものユダヤ人たちは困難が消化できず、神の土地に執着を持ちつづけた。先日、映画「日本沈没」を見たわけだが(今公開中のじゃなくてテレビで深夜放送していた30年ほど前の奴)、日本沈没後の世界に散った日本人達は、沈没の困難を持ち続けることが出来るだろうか。
今日はじめてNHKのダーウィンがナントカという番組を見た(鳥率が低いので見てない)。マダカスカルにすむワオキツネザルは、困難な乾季を迎えると、喧嘩が起こる。彼らはとってもすばしっこいので、戦闘シーンをスローモーションで放送していた。ワオっ!って感じのアクションシーンだった。乾季が終わり青葉が芽を出すと、喧嘩は起こらない。
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ま、このトピ見てるといかにユダヤ人が被害&誇大妄想狂で選民意識に凝り固まった差別主義者であることがよく分かる。
際限のないなすり付けと誤魔化しだけだもんなぁ。
迫害の歴史から考えればある意味哀れではあるのだがそれを今現在のパレスチナ人を迫害していい理由にはならんし。
戦争に事欠かぬイスラエルであるが、国連の停戦決議後、1週間もしないうちにドンパチやったり、国連軍が派遣され復興へ進もうとするなか、イスラエルのクラスター爆弾の使用が分かった。レバノンに残された10万発の不発弾は生活だけでなく復興の妨げになり、国連の人が批判した。アナン事務総長はイスラエルのオルメルト首相に停戦後も継続しているレバノン空域・海上の封鎖を即時解除するよう求めたが、拉致したイスラエル兵を返しやがれと拒否した。
イスラエルの地は、この2千数百年の多くをユダヤ人以外によって支配されてきた。その大半がイスラム系民族であり、数百年程がラテン系民族であろうか。どちらかと言えばラテン系民族はローマもギリシャも十字軍も、ことごとく異民族につらくあたったり追放する向きであったのに対してイスラム系民族は、つらいこともしただろうけど、ペルシャ時代(現在のイランあたりを中心)のキュロス2世はバビロン捕囚のユダヤ人を開放した。アイユーブ朝(現在のエジプトあたりを中心)のサラーフッディーン(サラディン、現在のイラク ティクリート出身)は進行してきた十字軍の捕虜を殺さなかったことで、君主としてキリスト教圏でも英雄視され、現代のイギリスでも装甲車の名前にサラディンと名づけるほど。1300年にわたるオスマントルコ(現在のイラクを中心)による支配が始まっても、イスラム教を強制したわけでもなく、ユダヤ教やキリスト教のコミュニティーにはある程度の自治を与えている。
キリスト教の十字軍なんかはひどかったそうである(参考)。なぜかと妄想するとキリスト教に虐げられた経験があるからだと思う。虐げられると生まれるのが選民意識である。さすがにキリスト教は隆盛を極めた中世以降に選民思想は異端になったようだが、ユダヤはバビロン捕囚に始まり、ナチスのホロコーストにいたるまで困難続きであり現代でも根拠のない差別にあえばそりゃ根拠のない選民意識にすがりたくなるのも分かる。
近所のジジイに若い頃、ひどい困難に直面したらしい人がいて、そいつは事あるごとに、苦労話や、自慢話に余念がない。よほど理不尽な困難だったのか知らないが、おそらくいまだに過去の困難を消化できずに、困難を乗り越えたつもりで根拠のない選民意識みたいな「俺はエライ」みたいなのを頼りにしてきたように思う。僕は大した困難も実績もないので分からないが、困難を克服するには実績を上げるしかないのかなと思う。逆に選民意識的なものは経済的な成長を促すのかもしれない。
むしろ困難な状況下で、選民意識みたいなものを持たないと滅びると言うことだろうか。イスラエル建国までの長い年月を、幾世代ものユダヤ人たちは困難が消化できず、神の土地に執着を持ちつづけた。先日、映画「日本沈没」を見たわけだが(今公開中のじゃなくてテレビで深夜放送していた30年ほど前の奴)、日本沈没後の世界に散った日本人達は、沈没の困難を持ち続けることが出来るだろうか。
今日はじめてNHKのダーウィンがナントカという番組を見た(鳥率が低いので見てない)。マダカスカルにすむワオキツネザルは、困難な乾季を迎えると、喧嘩が起こる。彼らはとってもすばしっこいので、戦闘シーンをスローモーションで放送していた。ワオっ!って感じのアクションシーンだった。乾季が終わり青葉が芽を出すと、喧嘩は起こらない。
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ま、このトピ見てるといかにユダヤ人が被害&誇大妄想狂で選民意識に凝り固まった差別主義者であることがよく分かる。
際限のないなすり付けと誤魔化しだけだもんなぁ。
迫害の歴史から考えればある意味哀れではあるのだがそれを今現在のパレスチナ人を迫害していい理由にはならんし。
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