Re: ティベリウス、ハイファ2
投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/19 16:45 投稿番号: [13392 / 20008]
>このとき、まだイギリス軍はハイファに駐留しています。パレスチナ人たちはイギリス軍の管理下に置かれている港から脱出したようですから、撤退はしていません。
>また、この「ハガナが攻撃する前にアラブ軍の攻撃が失敗に終わっている」ことが、この日本では語られることがないのが現状です。
確かにこの時点においてイギリス軍は撤退していませんでした。訂正します。しかしながら、この当時、イギリス軍はアラブ人居住区とユダヤ人居住区の緩衝地帯における監視をしていましたが、撤退しています。その後にハガナの攻撃がはじまっています。
また、確かにアラブ側は分割決議案直後から「ユダヤ人国家をぶっ潰す」と息巻き、形勢も有利に進みましたが、ダーレット計画においては、ユダヤ人側が形勢逆転となったのでは?
もっとも、ハイファはアラブ人指導層がとっくに逃げ出していたので、アラブ側にも責任は大きいと思っています。
>ユダヤ人の独立まで、3週間ほどです。
そのまま、アラブ連盟軍を駐留させておいていいのでしょうか?
直ぐ近くでは、全面戦争に突入しているというのに。
>勝手な憶測ですが、181決議を死守するために、ティベリウスの村がシリアから南下してきて居座り続けるアラブ連盟軍との戦場となったのではないでしょうか?
イスラエル独立以前にアラブ連盟軍が侵入していたことは正直知らなかったのですが、それならば、ティベリウス攻撃の意味合いも変わってきますね。ただ今文献を探していますが、どこに片付けたのか分からないので少々時間がかかると思います。
>これを日本では、「ユダヤ人が追い出した日」となっています
例え、追い出していなくてもその後の帰還を拒否したことは事実ですから、「追い出した」と同義になってしまうのではないでしょうか?
これは メッセージ 13380 (ojin_8823 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13392.html