自爆した娘を語る父親2
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/03 11:05 投稿番号: [13223 / 20008]
「大切な娘を失って悲しまない親がいるだろうか」。父親がつぶやくように語ったアラビア語を通訳は英語で私にそう伝えた。私はしばし間を置いて訊いた。「でも、一方で、“自爆”という行為で占領と闘おうとしたと娘さんに“誇り”のようなものを抱きますか」。「もちろんです。父親として娘の死は耐え難いほど悲しいことだけど、パレスチナ人の1人として占領と闘うために犠牲となった娘を“誇り”に思います。その2つの感情が一緒くたになっているんです」
しかし娘の「自爆テロ」による家族へのイスラエル側の報復も厳しかった。娘の遺体はついに戻ることはなかった。インティファーダ前まではイスラエルでの建設業で現場監督をしていた父親は、2度とイスラエルに足を踏み入れることはできなくなった。父親は仕事を失った。息子たちも同様だ。
母親にもインタビューさせてもらえないかと頼んだが、「金曜日の食事の準備で忙しいから」と断れた。おそらく妻には娘を失った悲しみをぶり返させたくないという思いやりからだろう。高校で使っていた教科書や衣類など遺品を撮影させてもらえないかという私の要望も断られた。「もう家の奥にしまい込んでしまった。見ると娘のことを思い出して辛いから」と父親は言った。
私たちが招き入れられた質素で古い居間の正面に、カフィーヤを敷き詰めた額に中にアヤットの大きな写真が飾られている。さらに部屋の片隅には模型の帆船が置かれ、その帆のいたるところに、アヤットの小さな写真が貼られていた。当たりを見渡すと、もう片隅の棚にも、小型の額に入ったアヤットの写真が置かれていた。
「娘のことを思い出すのは辛い。しかし私たちは決して娘のことは忘れない。いつまでも家族の心の中に生き続ける」。そういう家族の思いを、居間のいたるところから微笑んでいる美しいアヤットの笑顔の写真群が語っているように思えた。
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パレスチナの現状が過酷な占領状態によってもたらされているのが現実で、その結果起こったことの是非を”外”にいる人間がパレスチナ側にも責任があると言い立てたところで意味はない。
ユダヤの側が言い立てるのは腐った責任転嫁で醜悪でもある。
”外”の人間にできることは元記事にもあるように、「パレスチナ人は、自らの将来と生命を断ってまで、なぜ『自爆テロ』に走ってしまうのか」を追求し、その行為の原因と根源を伝えることだな。
これは メッセージ 13222 (jyonnconner さん)への返信です.
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