何世紀も共存してきた多民族・多宗教社会
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/04/23 20:32 投稿番号: [13165 / 20008]
>ボスニアとイラクの紛争は、宗派抗争という意味で同じです???
>ムスリム 対 セルビア正教 対 カトリック = ムスリム 対 ムスリム
>はいヨ?♪
「ボスニアとイラクの紛争は、宗派抗争という意味で同じです」
私が書いてもいないことを書いたようにしてしかケチツケできない。
もう慣れちゃったよ。
(今回は引用符を付けなかっただけ改善されてるじゃないか)
もちろん私はそんなことは書いていない。
ボスニアとイラクは別々の事象なのだから、当然、その
<同一性>と<区別性>をいくらでも論じることができる。
私はもちろんその<区別性>を認める。当たり前のことだ。
問題はどういう意味内容、観点から<同一性>を論じ、
どういう意味内容、観点から<区別性>を論じるかということだ。
ボスニアは、
・ムスリム勢力
・セルビア勢力
・クロアチア勢力
この三実体がメインだ。
しかしその三実体を宗教対立としてだけ論じることはできない。
相互に通婚も多かったし、
旧ユーゴでは、三実体に属さない「ユーゴ人」という登録者も多数いたのだ。
また、ボスニアのセルビア勢力とクロアチア勢力には、
それぞれ母国からの実体的支援もあった。
ボスニアのムスリムには海外からの支援や
ジハード戦士という実体的支援もあった。
そしてそれぞれ同一勢力内部でさえ対立や殺害さえあった。
海外からのムスリム戦士は、現在でも問題を残している。
ちなみに私の見解は、ヨーロッパに残った「最後のボルシェビキ」セルビアを
欧米がものの見事に粉砕したということだけどね。
イラクは、もっと複雑だ。
例えば、ブッシュ大統領が『成功例』として何度も賛美したタル・アファルでは、
スンニ派トルクメン人とシーア派トルクメン人のタル・アファル支配権争奪戦だ。
クルド人は、多数派はスンニ派だが、シーア派クルド人もいる。
アラブ人には、スンニ派とシーア派以外にもキリスト教徒も多数いる。
世界最古の文明の一つメソポタミアの有史以前からの
殆どあらゆる宗教がイラクには存在してきた。
そういうイラクのマイノリティが迫害されている。
クルド自治区は経済成長の真っ只中だが、
それ故、貧富の格差が拡大し、
クルド人内部の対立も深刻だ。
二大政党の根深い縁故主義への反発も顕著だ。
さて、まだまだいくらでもあるのだが、
言いたいことは、
<民族・宗教・宗派対立>として現象している事象の更に奥にあるものだ。
それを<民族・宗教・宗派対立>として
単純に論じてしまっていいのかということだ。
<多民族・多宗教・多宗派>が何世紀も共存してきたこと。
そいういう意味内容に於いては、
ボスニア、イラク、パレスチナは、<同一性>を有している。
そういう観点からも論じられる。
<何世紀も共存してきた多民族・多宗教・多宗派社会>が、
どのように分断され、崩壊していったのか。
<エスニック・クレンジング>、<セクタリアン・クレンジング>が
どのような実体構造に於いて進行していったのか、
それぞれ、その構造がある。
・どういう<実体>が
・どういう<イデオロギー>で
・どういう<プロセス>を経て、
、、、等々と、、、
チミの平板な頭の構造を、もっと<多層構造>にする必要があるんだ。
もっと努力してよね。
イラク問題プロパーを論じたいなら、
対イラク武力行使トピに投稿して下さい。
ハラブジャで家族を殺され、
自身も負傷したクルド人女性の発言
「イラク戦争は、もう10年、20年早くやっておくべきだったと思います。
それによって数十万人のクルド人の無駄な死が防げたのです。
ハラブジャの五千人を独裁者から救うことでできたでしょう」
この女性の発言の最初の部分にはあんたも共感するだろう。
フセインの魔の手から国外に逃れ、
フセイン政権崩壊後、
愛国心に燃えてクルドに戻って来たこの女性の主張に
真摯に耳を傾けてみてはどうだろうか。
ハラブジャで生き残ったクルド人女性の主張:Freshta Raper (BBC)
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/iraq/2007/03/freshta_raper_b_5709.html
>ムスリム 対 セルビア正教 対 カトリック = ムスリム 対 ムスリム
>はいヨ?♪
「ボスニアとイラクの紛争は、宗派抗争という意味で同じです」
私が書いてもいないことを書いたようにしてしかケチツケできない。
もう慣れちゃったよ。
(今回は引用符を付けなかっただけ改善されてるじゃないか)
もちろん私はそんなことは書いていない。
ボスニアとイラクは別々の事象なのだから、当然、その
<同一性>と<区別性>をいくらでも論じることができる。
私はもちろんその<区別性>を認める。当たり前のことだ。
問題はどういう意味内容、観点から<同一性>を論じ、
どういう意味内容、観点から<区別性>を論じるかということだ。
ボスニアは、
・ムスリム勢力
・セルビア勢力
・クロアチア勢力
この三実体がメインだ。
しかしその三実体を宗教対立としてだけ論じることはできない。
相互に通婚も多かったし、
旧ユーゴでは、三実体に属さない「ユーゴ人」という登録者も多数いたのだ。
また、ボスニアのセルビア勢力とクロアチア勢力には、
それぞれ母国からの実体的支援もあった。
ボスニアのムスリムには海外からの支援や
ジハード戦士という実体的支援もあった。
そしてそれぞれ同一勢力内部でさえ対立や殺害さえあった。
海外からのムスリム戦士は、現在でも問題を残している。
ちなみに私の見解は、ヨーロッパに残った「最後のボルシェビキ」セルビアを
欧米がものの見事に粉砕したということだけどね。
イラクは、もっと複雑だ。
例えば、ブッシュ大統領が『成功例』として何度も賛美したタル・アファルでは、
スンニ派トルクメン人とシーア派トルクメン人のタル・アファル支配権争奪戦だ。
クルド人は、多数派はスンニ派だが、シーア派クルド人もいる。
アラブ人には、スンニ派とシーア派以外にもキリスト教徒も多数いる。
世界最古の文明の一つメソポタミアの有史以前からの
殆どあらゆる宗教がイラクには存在してきた。
そういうイラクのマイノリティが迫害されている。
クルド自治区は経済成長の真っ只中だが、
それ故、貧富の格差が拡大し、
クルド人内部の対立も深刻だ。
二大政党の根深い縁故主義への反発も顕著だ。
さて、まだまだいくらでもあるのだが、
言いたいことは、
<民族・宗教・宗派対立>として現象している事象の更に奥にあるものだ。
それを<民族・宗教・宗派対立>として
単純に論じてしまっていいのかということだ。
<多民族・多宗教・多宗派>が何世紀も共存してきたこと。
そいういう意味内容に於いては、
ボスニア、イラク、パレスチナは、<同一性>を有している。
そういう観点からも論じられる。
<何世紀も共存してきた多民族・多宗教・多宗派社会>が、
どのように分断され、崩壊していったのか。
<エスニック・クレンジング>、<セクタリアン・クレンジング>が
どのような実体構造に於いて進行していったのか、
それぞれ、その構造がある。
・どういう<実体>が
・どういう<イデオロギー>で
・どういう<プロセス>を経て、
、、、等々と、、、
チミの平板な頭の構造を、もっと<多層構造>にする必要があるんだ。
もっと努力してよね。
イラク問題プロパーを論じたいなら、
対イラク武力行使トピに投稿して下さい。
ハラブジャで家族を殺され、
自身も負傷したクルド人女性の発言
「イラク戦争は、もう10年、20年早くやっておくべきだったと思います。
それによって数十万人のクルド人の無駄な死が防げたのです。
ハラブジャの五千人を独裁者から救うことでできたでしょう」
この女性の発言の最初の部分にはあんたも共感するだろう。
フセインの魔の手から国外に逃れ、
フセイン政権崩壊後、
愛国心に燃えてクルドに戻って来たこの女性の主張に
真摯に耳を傾けてみてはどうだろうか。
ハラブジャで生き残ったクルド人女性の主張:Freshta Raper (BBC)
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/iraq/2007/03/freshta_raper_b_5709.html
これは メッセージ 13164 (ojin_8823 さん)への返信です.
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