誠実な内部闘争ならば、それは前進の糧です
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/01/16 04:16 投稿番号: [12639 / 20008]
>>イスラエルはガザでの暗殺攻撃に対する人間の盾に対して
>>攻撃しませんでした
>「暗殺攻撃」に対する「人間の盾」ではないかも知れんが
その通りです
「ガザでの暗殺攻撃に対する人間の盾」とはっきりと限定して書いています
その限定性を勝手に取っ払わないで下さい
「ベイト・ハヌーン:女性のデモ隊に発砲、二人射殺」と
タイトルに書いています
もちろん、女性の列に発砲し、射殺したイスラエル軍の行為は
糾弾されるべきものあり、私は糾弾してきたつもりです
しかしベイト・ハヌーンでの女性の列への発砲は
「ガザでの暗殺攻撃に対する人間の盾」ではありません
>『イスラエル軍の武装勢力掃討続く、「人間の盾」も射殺』
>http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt15/20061104AS2M0400304112006.html
この記事の文中には
「モスクを守るため「人間の盾」になろうとした女性2人」と書かれています
まあこんな些細なことは言いたくもないのですが
「「人間の盾」になろうとし」ていたけれども
まだ人間の盾は形成していない段階での発砲です
しかも貴方も書いている通り
「「暗殺攻撃」に対する「人間の盾」ではない」のです
極めて意識的に限定して述べている一文の
一部分だけを切り離さないで下さい
>「イスラエル以下」なんぞと決め付けられてもねぇ
「イスラエル以下」というのはある一つの文章の述部です
その主部と切り離して語れません
何故、ある限定された一文の述部だけを切り離して
云々できるのでしょうか
もうほとんど偽造、捏造です
私は、私の書いたものには責任を取りますが
述部だけ切り離されても、意味を成しません
あくまでもある特定の主部に対する述部として述べているのです
つまりある具体的な一つの事象に対する私の価値判断として述べているのです
価値判断の対象と切り離しては意味を成しません
イスラエルがガザからの一方的撤退後もガザを
『ゲットー』にしていることもまた私は述べてきました
イスラエルの犯罪性も確かです
それもまた糾弾すべきことです
しかしここで述べているのは相対的に別個の問題領域です
イスラエルの犯罪性についてはどしどし問題にしましょう
私が述べている<問題領域>はパレスチナ内部の問題です
>もちろん一般市民に対する殺傷や残虐な処刑なんてのは唾棄すべき行為だが
>極限状態に置かれた人間に理性的な振る舞いを求めるのも無理な話し
ここでいう「極限状態」とは何を意味するのですか
ガザのファタハ幹部宅を包囲し、襲撃しようとしていたら
周辺住民が人間の盾を作って襲撃を止めさせようとした
にもかかわらず発砲したのです
その銃を握っていたのは誰ですか
その引き金を引いたのは誰ですか
その引き金を引いたのはある特定の個人です
その諸個人の意思です
イスラエルではありませんよ
その諸個人の行為を糾弾しているのです
その引き金を引いた指
引き金を引いた意思を問題にしているのです
それをも「イスラエルの所為だ」というのは問題のすり替えです
責任転嫁です
この発砲した者を、逮捕、拘束し、法的に処罰するべきです
<この一つの事件固有の責任性>が確かに存在します
それともイスラエルが悪いのだからという理由で
ガザではパレスチナ人がパレスチナ人を殺しても
罪はないとでも言うつもりでしょうか
まあそこまでは言わないと思いますが
個々の事件それぞれの責任を問わねばなりません
もし問わないのであれば、それこそパレスチナは無法地帯です
それはパレスチナとして恥ずべきことです
パレスチナの人々がそんな無責任で、無法状態を肯定するとは思えません
少なくともそんな状態を否定すべく苦闘している筈です
既にパレスチナ各地で、ファタハ・ハマス間の武力抗争を
非難する集会やデモがあちこちで行われています
私はファタハ・ハマス間の武力抗争を非難する
パレスチナの一般民衆の立場に立ちたいと思っています
非難すべきことは非難すればいいではないですか
非難し、止めさせることこそが
パレスチナの闘争のプラスになることであり
非難しないことこそがパレスチナの闘争の質的前進を
妨げることだと私は考えます
貴方が非難したくないというのなら、貴方の自由です
そしてファタハ・ハマス間の武力抗争を非難するのではなく
非難する者を非難するのも貴方の自由です
残念ながらそのような考え方とも戦わねばなりません
>>攻撃しませんでした
>「暗殺攻撃」に対する「人間の盾」ではないかも知れんが
その通りです
「ガザでの暗殺攻撃に対する人間の盾」とはっきりと限定して書いています
その限定性を勝手に取っ払わないで下さい
「ベイト・ハヌーン:女性のデモ隊に発砲、二人射殺」と
タイトルに書いています
もちろん、女性の列に発砲し、射殺したイスラエル軍の行為は
糾弾されるべきものあり、私は糾弾してきたつもりです
しかしベイト・ハヌーンでの女性の列への発砲は
「ガザでの暗殺攻撃に対する人間の盾」ではありません
>『イスラエル軍の武装勢力掃討続く、「人間の盾」も射殺』
>http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt15/20061104AS2M0400304112006.html
この記事の文中には
「モスクを守るため「人間の盾」になろうとした女性2人」と書かれています
まあこんな些細なことは言いたくもないのですが
「「人間の盾」になろうとし」ていたけれども
まだ人間の盾は形成していない段階での発砲です
しかも貴方も書いている通り
「「暗殺攻撃」に対する「人間の盾」ではない」のです
極めて意識的に限定して述べている一文の
一部分だけを切り離さないで下さい
>「イスラエル以下」なんぞと決め付けられてもねぇ
「イスラエル以下」というのはある一つの文章の述部です
その主部と切り離して語れません
何故、ある限定された一文の述部だけを切り離して
云々できるのでしょうか
もうほとんど偽造、捏造です
私は、私の書いたものには責任を取りますが
述部だけ切り離されても、意味を成しません
あくまでもある特定の主部に対する述部として述べているのです
つまりある具体的な一つの事象に対する私の価値判断として述べているのです
価値判断の対象と切り離しては意味を成しません
イスラエルがガザからの一方的撤退後もガザを
『ゲットー』にしていることもまた私は述べてきました
イスラエルの犯罪性も確かです
それもまた糾弾すべきことです
しかしここで述べているのは相対的に別個の問題領域です
イスラエルの犯罪性についてはどしどし問題にしましょう
私が述べている<問題領域>はパレスチナ内部の問題です
>もちろん一般市民に対する殺傷や残虐な処刑なんてのは唾棄すべき行為だが
>極限状態に置かれた人間に理性的な振る舞いを求めるのも無理な話し
ここでいう「極限状態」とは何を意味するのですか
ガザのファタハ幹部宅を包囲し、襲撃しようとしていたら
周辺住民が人間の盾を作って襲撃を止めさせようとした
にもかかわらず発砲したのです
その銃を握っていたのは誰ですか
その引き金を引いたのは誰ですか
その引き金を引いたのはある特定の個人です
その諸個人の意思です
イスラエルではありませんよ
その諸個人の行為を糾弾しているのです
その引き金を引いた指
引き金を引いた意思を問題にしているのです
それをも「イスラエルの所為だ」というのは問題のすり替えです
責任転嫁です
この発砲した者を、逮捕、拘束し、法的に処罰するべきです
<この一つの事件固有の責任性>が確かに存在します
それともイスラエルが悪いのだからという理由で
ガザではパレスチナ人がパレスチナ人を殺しても
罪はないとでも言うつもりでしょうか
まあそこまでは言わないと思いますが
個々の事件それぞれの責任を問わねばなりません
もし問わないのであれば、それこそパレスチナは無法地帯です
それはパレスチナとして恥ずべきことです
パレスチナの人々がそんな無責任で、無法状態を肯定するとは思えません
少なくともそんな状態を否定すべく苦闘している筈です
既にパレスチナ各地で、ファタハ・ハマス間の武力抗争を
非難する集会やデモがあちこちで行われています
私はファタハ・ハマス間の武力抗争を非難する
パレスチナの一般民衆の立場に立ちたいと思っています
非難すべきことは非難すればいいではないですか
非難し、止めさせることこそが
パレスチナの闘争のプラスになることであり
非難しないことこそがパレスチナの闘争の質的前進を
妨げることだと私は考えます
貴方が非難したくないというのなら、貴方の自由です
そしてファタハ・ハマス間の武力抗争を非難するのではなく
非難する者を非難するのも貴方の自由です
残念ながらそのような考え方とも戦わねばなりません
これは メッセージ 12637 (jyonnconner さん)への返信です.
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