レバノン情勢 (8/10) ②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/08/12 05:02 投稿番号: [11148 / 20008]
(アルジャジーラ)
「ガリラヤの村でヒズボラのロケット弾により
アラブ系イスラエル人二人が死亡しました。
ロケット弾はアラブ人の村三か所を含むイスラエル北部一帯に落下しました。
イスラエル領内のアラブ人が再び
レバノンの同胞に対する戦争の代償を支払わされています。
アッカの東にあるアラブ人の村デイルド・アサドにレバノンから発射された
ミサイルが着弾し、女性一人とその子供が死亡しました。
海辺の花嫁と呼ばれるハイファには、ユダヤ人と共に1948年の追放以降も
留まったアラブ人が住んでおり、人口17万人の内、三万人を占めています。
市内のアラブ人地区ワーディニスナースには古い家がひしめき合っています。
警報のサイレンが鳴ると、人々は慌てて安全な場所を探し求めます。
といってもそんな場所はありません。
人々はナスララ師の退避の呼びかけに非常に戸惑っている様子です。
『シェルターなんてアラブ人地区にはありません。古い地区ですから』
『子供と一緒に住んでいるんです。どこへ行けって言うんですか。
どこへ行っても危ないんですから』
レバノンに対する戦争による苦しみの原因はイスラエル政府にあるという
彼らの非難に対して、当局の責任者は、避難所は十分にあると述べています。
(ハイファ市長)
『公共の避難所は利用しない方が良いです。大変なことになりますから。
自宅の中に留まるよう勧めます。小さな銃弾は貫通したりはしません』
この街では住民の間の関係は比較的平穏ですが、
それでもイスラエル領内の常としてアラブ人住民は差別を受けています。
それでも多くの人々はこれまでの60年間と同様、
避難せずに留まろうとしています。
『ワーディニスナースはこんなに広いのに、避難所一つもありません。
いえ、逃げませんよ。家に残ります。家が壊れたらそれまでのことです』
とはいえ、市内からの住民の自発的な退去は、
ヒズボラ書記長の演説よりも前から、戦争開始の時から始まっています。
多くの家族が国境からもっと離れた街へ、
大半はヨルダン川西岸地区へ避難しました。
一方ではサイレンすら気に留めない人々もいます。
レバノンの同胞達の抵抗の権利を認める気持ちと
自分の生命への不安との狭間で微妙な位置に立たされているのです」
これは メッセージ 11147 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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