Voices from the conflict:Tuesday/18 BBC
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/07/22 03:08 投稿番号: [10052 / 20008]
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/5191396.stm
MARK WAKED, DAIRY FARMER, LEBANON
私達は今までずっとイスラエルの襲撃の犠牲者でした。
昨日午前三時丁度に私達の搾乳工場は、
五、六発のミサイル攻撃を受け、工場は完全に破壊されました。
攻撃目標はレバノンの工業施設でした。
私達は地域全体にミルクを配給する搾乳工場です。
私達が何故ターゲットにされたのか理解できません。
私はイギリスとレバノンの国籍を持っています。
しかし私は去りません。
私は10年間この工場を運営してきました。
私達のビジネスはここで安定しています。
私達の義務はここに留まって、破壊されたものを全て再建することです。
もちろん私達は再び攻撃されることを恐れます。
しかし私達は続けなければなりません。
私達はただ諦めて、全てを後に残すことはできません。
もし私達が立ち去れば、誰が残るのでしょうか。
ALIZA COHEN, MOTHER, TIBERIAS, ISRAEL
私は Tiberias に住んでいます。
しかし私は今エルサレムにいます。
私と夫と九人の子供達は、土曜日のロケット攻撃で被害を受けた建物の
すぐ反対側のアパートに住んでいます。
私達皆はその時昼食を食べていました。
全ての窓は内側に砕け落ちました。
子供達の何人かはガラスの破片で足と腕を切りました。
私達のアパートは七階建ての建物の三階にあります。
私達は建物を去りました。
そして被害がひどい為に戻ることができませんでした。
私達はその後まもなくエルサレムへととても大きなタクシーに乗りました。
私達は今親類の所に泊まっています。
私達は食物、服、お金を持たずに去りました。
あと一週間くらいで私達は戻ると思います。
大変なショックでした。
このようなことは全く予期していませんでした。
皆がとても緊張していて、呆然としています。
私達はショックで、落ち込んでいます。
しかし神が我々と一緒ですから、
誰もユダヤの人々を消滅させることはできません。
GABY BAYRAM, CONSULTANT, BEIRUT, LEBANON
私はベイルートで人々を援助する為に慈善団体を設立しました。
私の友人の母親はポスターを掲示しました。
「ベイルート:決して降伏しない街」
私はそれが素晴らしいTシャツになると思いました。
それから私の友人は食物包みを組織化しているこのグループについて
私に電話をしました。
全て意気投合しました。
私はベイルートTシャツとエプロンとマグの注文を受けて、販売する為に
オンライン・ストアを設立しました。
売上げ金は爆撃の犠牲者を援助している慈善団体に直接渡ります。
今果物と野菜の値段が高いです。
通りのレストランの多くに肉がありません。
食料雑貨屋店はまだ肉を保有しています。
たいていの食べ物は山の上のベカー高原から来ます。
そこからの道路は全て爆弾を投下されました。
国内には肉がありますが、運搬する方法がありません。
私はベイルートの Hamra 地区にいます。
それは豊かなクリスチャンのエリアです。
店はまだ開いています。
実際、数日前より忙しいです。
全ての外国人は去ります。
私はインターネットカフェに座っています。
人々が退去について話しているのを聞くことができます。
彼らは三週間かそこらで戻るでしょう。
あるいはいつでも彼らが再び安全であると思う時には戻るでしょう。
MARK WAKED, DAIRY FARMER, LEBANON
私達は今までずっとイスラエルの襲撃の犠牲者でした。
昨日午前三時丁度に私達の搾乳工場は、
五、六発のミサイル攻撃を受け、工場は完全に破壊されました。
攻撃目標はレバノンの工業施設でした。
私達は地域全体にミルクを配給する搾乳工場です。
私達が何故ターゲットにされたのか理解できません。
私はイギリスとレバノンの国籍を持っています。
しかし私は去りません。
私は10年間この工場を運営してきました。
私達のビジネスはここで安定しています。
私達の義務はここに留まって、破壊されたものを全て再建することです。
もちろん私達は再び攻撃されることを恐れます。
しかし私達は続けなければなりません。
私達はただ諦めて、全てを後に残すことはできません。
もし私達が立ち去れば、誰が残るのでしょうか。
ALIZA COHEN, MOTHER, TIBERIAS, ISRAEL
私は Tiberias に住んでいます。
しかし私は今エルサレムにいます。
私と夫と九人の子供達は、土曜日のロケット攻撃で被害を受けた建物の
すぐ反対側のアパートに住んでいます。
私達皆はその時昼食を食べていました。
全ての窓は内側に砕け落ちました。
子供達の何人かはガラスの破片で足と腕を切りました。
私達のアパートは七階建ての建物の三階にあります。
私達は建物を去りました。
そして被害がひどい為に戻ることができませんでした。
私達はその後まもなくエルサレムへととても大きなタクシーに乗りました。
私達は今親類の所に泊まっています。
私達は食物、服、お金を持たずに去りました。
あと一週間くらいで私達は戻ると思います。
大変なショックでした。
このようなことは全く予期していませんでした。
皆がとても緊張していて、呆然としています。
私達はショックで、落ち込んでいます。
しかし神が我々と一緒ですから、
誰もユダヤの人々を消滅させることはできません。
GABY BAYRAM, CONSULTANT, BEIRUT, LEBANON
私はベイルートで人々を援助する為に慈善団体を設立しました。
私の友人の母親はポスターを掲示しました。
「ベイルート:決して降伏しない街」
私はそれが素晴らしいTシャツになると思いました。
それから私の友人は食物包みを組織化しているこのグループについて
私に電話をしました。
全て意気投合しました。
私はベイルートTシャツとエプロンとマグの注文を受けて、販売する為に
オンライン・ストアを設立しました。
売上げ金は爆撃の犠牲者を援助している慈善団体に直接渡ります。
今果物と野菜の値段が高いです。
通りのレストランの多くに肉がありません。
食料雑貨屋店はまだ肉を保有しています。
たいていの食べ物は山の上のベカー高原から来ます。
そこからの道路は全て爆弾を投下されました。
国内には肉がありますが、運搬する方法がありません。
私はベイルートの Hamra 地区にいます。
それは豊かなクリスチャンのエリアです。
店はまだ開いています。
実際、数日前より忙しいです。
全ての外国人は去ります。
私はインターネットカフェに座っています。
人々が退去について話しているのを聞くことができます。
彼らは三週間かそこらで戻るでしょう。
あるいはいつでも彼らが再び安全であると思う時には戻るでしょう。
これは メッセージ 10012 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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