高砂義勇兵
投稿者: nihon_kai_2006 投稿日時: 2009/03/25 01:47 投稿番号: [1909 / 2082]
がんばれ台湾、くたばれ外省人
大東亜戦争のときの高砂義勇兵の活躍と武勇伝はよく耳にします。
日本の統治下にあったために、日本人として一緒に戦ってくれました。
決して、中国人や朝鮮人のような卑怯未練な振る舞いはしませんでした。
以前、大阪の橋下知事がテレビに出ていた頃に、兵士は私利私欲のためでなく他人のため、愛する家族のため国のために身を犠牲にするから尊い。
その兵士が眠る靖国神社にお参りしなくてどうするのかといったようなことを主張していましたが、台湾の高砂義勇兵はまさにその典型だと思います。
(ここに併記するのも汚らわしいけど、私利私欲のために兵隊になるのが中国人。兵隊になれば戦利品は略奪し放題、女性もものに出来ると兵隊になるものが多かった。だから、中国兵の行くところは、勝っても負けても土地の農民は嫌がった。負けて逃げるときには略奪強姦など当たり前、その上火まで着けられて家も焼かれる。蒋介石が南京から逃げ出すときも同様で、戦後その仕業を中共は日本兵の仕業としている。)
戦いに敗れ台湾を放棄した日本は、日本兵として戦ってくれた高砂の義勇兵に満足な戦後補償も慰霊碑も建ててやることも出来ませんでした。
その慰霊碑が台湾人自らの手によって建てられましたが、その場所が開発のために撤去の危機にあると聞いたとき、多くの日本人からの募金が集まり、別の場所に再建されました。
しかし、記事にあるように県行政は高砂族の慰霊碑を日本軍国主義の象徴であると,撤去封印してしまいました。
それから、慰霊碑を守る高砂族と県行政との戦いが始まりました。が、解決に向けて一歩前進しました。
私たちは、日本人として高砂義勇兵の慰霊碑の復活を心から応援したいと思います。
高砂義勇伝 PART1
http://www.youtube.com/watch?v =- utDQVTEkvs
高砂義勇伝 PART2
http://www.youtube.com/watch?v=8SwzvxbYbt4
高砂義勇軍
http://www.youtube.com/watch?v=FgWyR7x9oUc&feature=related
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◆ 強制排除の処分撤回を指示 高砂義勇兵記念碑の行政訴訟判決
2009.3.24 18:55(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090324/chn0903241855004-n1.htm
【台北=長谷川周人】台北郊外の烏来(うらい)郷に移設された台湾先住民出身の元日本兵「高砂義勇兵」の英霊記念碑が2006年2月、台北県当局に強制排除された問題で、地元側が排除処分の取り消しと原状復帰を求めていた行政訴訟の差し戻し審判決が24日、台湾の高等行政法院であった。判決は県側の主張を退け、処分の撤回を指示した。3年に及んだ記念碑問題は、法廷論争でも地元の意向が受け入れられ、解決に向けて大きく動き出すことになった。
この記念碑は、敷地を提供した観光会社の倒産で存続が危ぶまれたが、これを伝えた産経新聞の記事をきっかけに3000万円を超える義援金が日本の読者らから寄せられ、2006年2月に現在の県有地に移設された。ところが県側は碑文が「日本の軍国主義を美化している」などと決めつけ、敷地内にあった8つの石碑を強制撤去、記念碑は竹の覆いで封印した。
これに対し「排除命令は違法であり無効」とする地元は、法廷闘争に持ち込んで処分撤回を求めてきた。07年12月に高等行政法院は訴えを却下する裁定を下したが、最高行政法院は地元側の抗告を認めてこれを差し戻し、3回の審理を経たこの日の判決では、一転して処分撤回を指示した。
-- -以下略
大東亜戦争のときの高砂義勇兵の活躍と武勇伝はよく耳にします。
日本の統治下にあったために、日本人として一緒に戦ってくれました。
決して、中国人や朝鮮人のような卑怯未練な振る舞いはしませんでした。
以前、大阪の橋下知事がテレビに出ていた頃に、兵士は私利私欲のためでなく他人のため、愛する家族のため国のために身を犠牲にするから尊い。
その兵士が眠る靖国神社にお参りしなくてどうするのかといったようなことを主張していましたが、台湾の高砂義勇兵はまさにその典型だと思います。
(ここに併記するのも汚らわしいけど、私利私欲のために兵隊になるのが中国人。兵隊になれば戦利品は略奪し放題、女性もものに出来ると兵隊になるものが多かった。だから、中国兵の行くところは、勝っても負けても土地の農民は嫌がった。負けて逃げるときには略奪強姦など当たり前、その上火まで着けられて家も焼かれる。蒋介石が南京から逃げ出すときも同様で、戦後その仕業を中共は日本兵の仕業としている。)
戦いに敗れ台湾を放棄した日本は、日本兵として戦ってくれた高砂の義勇兵に満足な戦後補償も慰霊碑も建ててやることも出来ませんでした。
その慰霊碑が台湾人自らの手によって建てられましたが、その場所が開発のために撤去の危機にあると聞いたとき、多くの日本人からの募金が集まり、別の場所に再建されました。
しかし、記事にあるように県行政は高砂族の慰霊碑を日本軍国主義の象徴であると,撤去封印してしまいました。
それから、慰霊碑を守る高砂族と県行政との戦いが始まりました。が、解決に向けて一歩前進しました。
私たちは、日本人として高砂義勇兵の慰霊碑の復活を心から応援したいと思います。
高砂義勇伝 PART1
http://www.youtube.com/watch?v =- utDQVTEkvs
高砂義勇伝 PART2
http://www.youtube.com/watch?v=8SwzvxbYbt4
高砂義勇軍
http://www.youtube.com/watch?v=FgWyR7x9oUc&feature=related
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◆ 強制排除の処分撤回を指示 高砂義勇兵記念碑の行政訴訟判決
2009.3.24 18:55(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090324/chn0903241855004-n1.htm
【台北=長谷川周人】台北郊外の烏来(うらい)郷に移設された台湾先住民出身の元日本兵「高砂義勇兵」の英霊記念碑が2006年2月、台北県当局に強制排除された問題で、地元側が排除処分の取り消しと原状復帰を求めていた行政訴訟の差し戻し審判決が24日、台湾の高等行政法院であった。判決は県側の主張を退け、処分の撤回を指示した。3年に及んだ記念碑問題は、法廷論争でも地元の意向が受け入れられ、解決に向けて大きく動き出すことになった。
この記念碑は、敷地を提供した観光会社の倒産で存続が危ぶまれたが、これを伝えた産経新聞の記事をきっかけに3000万円を超える義援金が日本の読者らから寄せられ、2006年2月に現在の県有地に移設された。ところが県側は碑文が「日本の軍国主義を美化している」などと決めつけ、敷地内にあった8つの石碑を強制撤去、記念碑は竹の覆いで封印した。
これに対し「排除命令は違法であり無効」とする地元は、法廷闘争に持ち込んで処分撤回を求めてきた。07年12月に高等行政法院は訴えを却下する裁定を下したが、最高行政法院は地元側の抗告を認めてこれを差し戻し、3回の審理を経たこの日の判決では、一転して処分撤回を指示した。
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