蒋介石は『二二八事件』の元凶
投稿者: sada_goro 投稿日時: 2007/03/01 21:49 投稿番号: [188 / 2082]
近年まで、長年蒋介石の圧政下にあった台湾ですが、ようやく歴史上の出来事を普通に発言できるようになってきたようです
台湾の陳総統が「二二八事件60周年国際学術シンポジウム」において次のように発言しています
「蒋介石は『二二八事件』の元凶。
その元凶は封建帝王のような特殊待遇を続けて受け、同時に『二二八事件』および戒厳期間(約40年間)において、台湾国民の基本的人権を踏みにじった。」
http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/07/070227c.htm
===台湾週報の記事
◎ 陳総統が二二八事件60周年国際学術シンポジウムに出席
陳水扁総統は2月26日、台北で財団法人二二八事件紀念基金会が主催する「二二八事件60周年国際学術シンポジウム」に出席した。
陳総統は挨拶で「『二二八事件』は絶対に単独の事件ではなく、『二二八』この3つの文字は過去半世紀を超えて台湾の人々が受けた一切の苦しみを代表している。厳密に言えば『二二八事件』は1947年2月27日に発生したが、その後、公平と正義に反することが1987年7月15日に正式に戒厳令が解除されるまで続いた。『二二八事件』の本当の意味は、外来の独裁政権が自由と民主主義を全面否定したことと、党国(党イコール国家)体制が権力をもって基本的人権を徹底的に踏みにじったことである」と述べ、さらに「二二八事件は絶対に一部の言うような単純な『官逼民反』(官の圧迫に民が反発する)や『警民衝突』ではない。もし単なる『官逼民反』や『警民衝突』であれば、その後38年間にわたる軍事戒厳と独裁統治が起こることはなく、これは過去の独裁者が平和を粉飾するもので、完全なる加害者の史観から歴史を解釈することは、絶対多数の台湾の国民は理解し受け入れることができない」と強調した。
陳総統は事件の加害者責任にも触れ、「政府は過去、『二二八事件』について、戒厳令時代の政治的迫害に関する案件の処理で、これまで被害者だけ見て、加害者については見ようとしなかった。これは消極的な処理方式であり、短期的には社会的衝突の発生を避けることができるかもしれないが、公平と正義は永遠に得られることはなく、真の寛容と和解を実現することは永遠に不可能である」と指摘し、「世界各国の正義への処理を見ると、第二次世界大戦後のドイツ国民のナチスの暴行に対する深い反省や、南アフリカの『真相と和解委員会』の設立、韓国の光州事件の責任追及などは、歴史の真相と法的責任は一体の両面であり、加害者が行った行為と責任の所在を明らかにしてこそ真相を明確にすることができ、被害者とその家族にそれらを示し得るという歴史の公道に立ち戻ることができるのである」との考えを示した。
また、陳総統は当時の指導者の責任について、「今日に至るまで、蒋介石(蒋中正)元総統に対して特別な感情を持っている人も多いが、関係する史料や政府のファイルから、蒋介石が『二二八事件』の元凶であることにほとんど疑いはない。しかし『二二八事件』の元凶は封建帝王のような特殊待遇を続け受け、同時に『二二八事件』および戒厳期間において、台湾国民の基本的人権を踏みにじった当時の加害者は、誰一人法律による訴追を受けず、国家の法律による制裁も受けていない。これは『二二八事件』の被害者や家族にとって本当に堪え難いことではないか」と指摘し、「われわれは過去に、総統府の前に伸びる『介寿路』を『ケタガラン大道』に改名し、昨年には『介寿館』を『総統府』に改名し、『中正国際空港』を『台湾桃園国際空港』に改名した。旧年に国軍キャンプ内にある200余りの蒋介石銅像を撤去したのも、われわれが厳粛に歴史に向き合う第一歩であり、慈湖の(蒋介石元総統の遺体を国軍が守る)『蒋公陵寝』はまったく民主化時代にふさわしくない封建時代の産物であり、党国体制の色彩が強い『中正紀念堂』を今後存続させるかどうかについては、政府は民主主義と人権の固い信念をもって、一歩ずつ処理してゆく」と強調した。
【総統府 2007年2月26日】
===
台湾において正しい歴史の見直しが行われるのは、日本にとっても喜ばしいことで、日本の統治時代のことも概ね肯定的に正しく評価されています
記事の中では国民党などの加害者責任にも言及していますが、それでもって過去の責任者を処罰するなどといった韓国のような馬鹿なことはしないでほしいと思っています
もちろん台湾はそのような馬鹿なことはしないでしょう
「新台湾と日本・時を越えた絆」ダイジェスト版映像約15分
http://www.ch-sakura.jp/streamfiles/asx/shintaiwan.asx
台湾の陳総統が「二二八事件60周年国際学術シンポジウム」において次のように発言しています
「蒋介石は『二二八事件』の元凶。
その元凶は封建帝王のような特殊待遇を続けて受け、同時に『二二八事件』および戒厳期間(約40年間)において、台湾国民の基本的人権を踏みにじった。」
http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/07/070227c.htm
===台湾週報の記事
◎ 陳総統が二二八事件60周年国際学術シンポジウムに出席
陳水扁総統は2月26日、台北で財団法人二二八事件紀念基金会が主催する「二二八事件60周年国際学術シンポジウム」に出席した。
陳総統は挨拶で「『二二八事件』は絶対に単独の事件ではなく、『二二八』この3つの文字は過去半世紀を超えて台湾の人々が受けた一切の苦しみを代表している。厳密に言えば『二二八事件』は1947年2月27日に発生したが、その後、公平と正義に反することが1987年7月15日に正式に戒厳令が解除されるまで続いた。『二二八事件』の本当の意味は、外来の独裁政権が自由と民主主義を全面否定したことと、党国(党イコール国家)体制が権力をもって基本的人権を徹底的に踏みにじったことである」と述べ、さらに「二二八事件は絶対に一部の言うような単純な『官逼民反』(官の圧迫に民が反発する)や『警民衝突』ではない。もし単なる『官逼民反』や『警民衝突』であれば、その後38年間にわたる軍事戒厳と独裁統治が起こることはなく、これは過去の独裁者が平和を粉飾するもので、完全なる加害者の史観から歴史を解釈することは、絶対多数の台湾の国民は理解し受け入れることができない」と強調した。
陳総統は事件の加害者責任にも触れ、「政府は過去、『二二八事件』について、戒厳令時代の政治的迫害に関する案件の処理で、これまで被害者だけ見て、加害者については見ようとしなかった。これは消極的な処理方式であり、短期的には社会的衝突の発生を避けることができるかもしれないが、公平と正義は永遠に得られることはなく、真の寛容と和解を実現することは永遠に不可能である」と指摘し、「世界各国の正義への処理を見ると、第二次世界大戦後のドイツ国民のナチスの暴行に対する深い反省や、南アフリカの『真相と和解委員会』の設立、韓国の光州事件の責任追及などは、歴史の真相と法的責任は一体の両面であり、加害者が行った行為と責任の所在を明らかにしてこそ真相を明確にすることができ、被害者とその家族にそれらを示し得るという歴史の公道に立ち戻ることができるのである」との考えを示した。
また、陳総統は当時の指導者の責任について、「今日に至るまで、蒋介石(蒋中正)元総統に対して特別な感情を持っている人も多いが、関係する史料や政府のファイルから、蒋介石が『二二八事件』の元凶であることにほとんど疑いはない。しかし『二二八事件』の元凶は封建帝王のような特殊待遇を続け受け、同時に『二二八事件』および戒厳期間において、台湾国民の基本的人権を踏みにじった当時の加害者は、誰一人法律による訴追を受けず、国家の法律による制裁も受けていない。これは『二二八事件』の被害者や家族にとって本当に堪え難いことではないか」と指摘し、「われわれは過去に、総統府の前に伸びる『介寿路』を『ケタガラン大道』に改名し、昨年には『介寿館』を『総統府』に改名し、『中正国際空港』を『台湾桃園国際空港』に改名した。旧年に国軍キャンプ内にある200余りの蒋介石銅像を撤去したのも、われわれが厳粛に歴史に向き合う第一歩であり、慈湖の(蒋介石元総統の遺体を国軍が守る)『蒋公陵寝』はまったく民主化時代にふさわしくない封建時代の産物であり、党国体制の色彩が強い『中正紀念堂』を今後存続させるかどうかについては、政府は民主主義と人権の固い信念をもって、一歩ずつ処理してゆく」と強調した。
【総統府 2007年2月26日】
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台湾において正しい歴史の見直しが行われるのは、日本にとっても喜ばしいことで、日本の統治時代のことも概ね肯定的に正しく評価されています
記事の中では国民党などの加害者責任にも言及していますが、それでもって過去の責任者を処罰するなどといった韓国のような馬鹿なことはしないでほしいと思っています
もちろん台湾はそのような馬鹿なことはしないでしょう
「新台湾と日本・時を越えた絆」ダイジェスト版映像約15分
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