民族民族と念仏だけの朝鮮民族、韓国
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2006/12/15 09:22 投稿番号: [9391 / 73791]
『国家人権委員会は、「憲法は北朝鮮を大韓民国の一部と規定しているが、北朝鮮は、厳然たる主権国家だ。
管轄権を行使することが難しい北朝鮮の人権侵害は、人権委員会の調査対象に含まれない」と発表した。』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/13/20061213000011.html
中国出身朝鮮族やロシア出身朝鮮族の人権無視が公然と行われている韓国。ベトナムやフィリピンから『買ってきた』花嫁やその子供ににも国籍も与えず、差別と暴力、貧困を平然と放置している韓国。
北朝鮮の脱北女性達が、中国で売買され、性奴隷、労働奴隷として虐待されていることを知りながら、何もしない韓国。脱北者も今だに、たったの6000人余しか受け入れず、放置。
同族だ民族だ差別だ独立だと、口先だけは元気で、実際は、最低の民族、朝鮮人。
北朝鮮女性が、いかに、中国で虐待されているかが、東亜日報に出ました。
これでも、盧武鉉も、韓国国民も、勿論、何一つしないでしょうね。冷酷で、利己的ですね。
『北朝鮮の咸境北道会寧のある苗木会社に勤めていたL氏(35・女)。
1997年、両親が予防接種の副作用や栄養失調などで一度に死亡した後、4歳の妹と何とか一日一日を暮らしていたところだった。
二日に一日は食事ができない状態で生活しなければならなかった。
「どこに行っても、今以上の生活はできる」と考え、彼女は1週間後の夜、胸までつかる豆満江を渡って、他の脱北女性2人と中国に渡った。
龍井のある民家に泊まった2人は、2日後、それぞれ農村に売られた。
延吉で記者と会ったL氏は、「ブローカーにだまされ、田舎の年を取った独身男性のもとに売られ、
何の希望もなく暮らしている。息をしているから生きているのであって、本当に生きているのではない」と話した。
不法滞在の身分である彼女は、インタビューの間、周囲をきょろきょろ見回していた。
売られた後、半監禁状態で過ごす脱北女性たち
会寧で看護婦として働き、昨年2月、中国の三合に来たG(26)氏は、黒竜江省の五常に売られ、驚いた。
62才の父親と32歳の長男など、男性5人だけのこの家には、自分が唯一の女性だったのだ。
憂慮したことがまさに現実となった。父親と息子4人が、毎晩、「順番を決めて」体を求めた。
体調が悪い時や生理の時も、例外ではなかった。周囲には民家もなく、誰とも接触できなかった。
そんな「けだもののような生活」が、8ヵ月ほど流れた。
隣町に外出に出た際、逃げ出し、奴隷生活から辛うじて逃れることができた。
敦化を経て、延吉のある救護機関を訪れたG氏は、「いっそ北朝鮮に帰りたい」と泣いた。
G氏の事情を伝えた救護機関の関係者は、「彼女に旅費を与えたが、北朝鮮に帰ったかどうかわからない」と話した。
脱北女性K氏とC氏も、「昼には牛のように畑に出て働き、夜には男性のなぐさみものにならなければならなかった」と訴えた。
2OOO年6月、北朝鮮を脱出し、汪清に売られたK氏は、
「同じ村に来た脱北女性に会って話をしたら、男たちから集団暴行を受けた」と話した。
彼女たちは、脱北女性たちは、周辺の監視はもとより、言葉が通じないうえ、いつ中国公安当局に逮捕されるか心配で逃げ出すこともできない、と話した。
また、子どもができれば、子どものために逃げることができないという。
河北省秦皇島市には、約1O世帯に脱北女性が「集団売買」されて来たが、人里離れているうえ、監視が厳重で、反監禁状態で暮らしていると、ある脱北女性が打ち明けた。
売られた脱北女性P氏の手に入った金は2OOO元(約26万ウォン)。
ブローカーには8OOO元(約1O4万ウォン)が入った。
また、他の脱北女性K氏は、比較的「売買初期」に売られ、1OOO元(約13万ウォン)だけ受け取った。
延吉のあるブローカーは、「『脱北女性を買える』という情報が中国全域に広がり、地域別に異なる価格がついている」と話した。
彼は、「最近では、河北省の『注文価格』が、2O代女性基準で2万元(約26O万ウォン)と最も高く、
延吉周辺の農村が2OOO〜3OOO元(約26万〜39万ウォン)で最も低い」と話した。』
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2006121564548
管轄権を行使することが難しい北朝鮮の人権侵害は、人権委員会の調査対象に含まれない」と発表した。』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/13/20061213000011.html
中国出身朝鮮族やロシア出身朝鮮族の人権無視が公然と行われている韓国。ベトナムやフィリピンから『買ってきた』花嫁やその子供ににも国籍も与えず、差別と暴力、貧困を平然と放置している韓国。
北朝鮮の脱北女性達が、中国で売買され、性奴隷、労働奴隷として虐待されていることを知りながら、何もしない韓国。脱北者も今だに、たったの6000人余しか受け入れず、放置。
同族だ民族だ差別だ独立だと、口先だけは元気で、実際は、最低の民族、朝鮮人。
北朝鮮女性が、いかに、中国で虐待されているかが、東亜日報に出ました。
これでも、盧武鉉も、韓国国民も、勿論、何一つしないでしょうね。冷酷で、利己的ですね。
『北朝鮮の咸境北道会寧のある苗木会社に勤めていたL氏(35・女)。
1997年、両親が予防接種の副作用や栄養失調などで一度に死亡した後、4歳の妹と何とか一日一日を暮らしていたところだった。
二日に一日は食事ができない状態で生活しなければならなかった。
「どこに行っても、今以上の生活はできる」と考え、彼女は1週間後の夜、胸までつかる豆満江を渡って、他の脱北女性2人と中国に渡った。
龍井のある民家に泊まった2人は、2日後、それぞれ農村に売られた。
延吉で記者と会ったL氏は、「ブローカーにだまされ、田舎の年を取った独身男性のもとに売られ、
何の希望もなく暮らしている。息をしているから生きているのであって、本当に生きているのではない」と話した。
不法滞在の身分である彼女は、インタビューの間、周囲をきょろきょろ見回していた。
売られた後、半監禁状態で過ごす脱北女性たち
会寧で看護婦として働き、昨年2月、中国の三合に来たG(26)氏は、黒竜江省の五常に売られ、驚いた。
62才の父親と32歳の長男など、男性5人だけのこの家には、自分が唯一の女性だったのだ。
憂慮したことがまさに現実となった。父親と息子4人が、毎晩、「順番を決めて」体を求めた。
体調が悪い時や生理の時も、例外ではなかった。周囲には民家もなく、誰とも接触できなかった。
そんな「けだもののような生活」が、8ヵ月ほど流れた。
隣町に外出に出た際、逃げ出し、奴隷生活から辛うじて逃れることができた。
敦化を経て、延吉のある救護機関を訪れたG氏は、「いっそ北朝鮮に帰りたい」と泣いた。
G氏の事情を伝えた救護機関の関係者は、「彼女に旅費を与えたが、北朝鮮に帰ったかどうかわからない」と話した。
脱北女性K氏とC氏も、「昼には牛のように畑に出て働き、夜には男性のなぐさみものにならなければならなかった」と訴えた。
2OOO年6月、北朝鮮を脱出し、汪清に売られたK氏は、
「同じ村に来た脱北女性に会って話をしたら、男たちから集団暴行を受けた」と話した。
彼女たちは、脱北女性たちは、周辺の監視はもとより、言葉が通じないうえ、いつ中国公安当局に逮捕されるか心配で逃げ出すこともできない、と話した。
また、子どもができれば、子どものために逃げることができないという。
河北省秦皇島市には、約1O世帯に脱北女性が「集団売買」されて来たが、人里離れているうえ、監視が厳重で、反監禁状態で暮らしていると、ある脱北女性が打ち明けた。
売られた脱北女性P氏の手に入った金は2OOO元(約26万ウォン)。
ブローカーには8OOO元(約1O4万ウォン)が入った。
また、他の脱北女性K氏は、比較的「売買初期」に売られ、1OOO元(約13万ウォン)だけ受け取った。
延吉のあるブローカーは、「『脱北女性を買える』という情報が中国全域に広がり、地域別に異なる価格がついている」と話した。
彼は、「最近では、河北省の『注文価格』が、2O代女性基準で2万元(約26O万ウォン)と最も高く、
延吉周辺の農村が2OOO〜3OOO元(約26万〜39万ウォン)で最も低い」と話した。』
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2006121564548
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.