Re: 子供の学校教育のあり方
投稿者: k_g_y_7_234 投稿日時: 2006/12/10 19:55 投稿番号: [8883 / 73791]
「南北の体制の違い、長期的視点から分析必要」
【特集】解放前後史の再記述
共産主義者・朴憲永の「夜中にいきなり“棚からぼた餅”のような形で(日本の支配からの)解放を迎えた」という言葉の通り、第二次大戦終結当時、解放を迎え独立国家建設を主導するための準備が誰にもできていなかった状況下で、日本の無条件降伏が発表された。このことに伴う力の空白状態や、国土の分断を狙った情報戦が、国際的には米国と旧ソ連の、国内的には南北間の対立に結びついた。またこれとは別に、南北双方で権力闘争の嵐が吹き荒れた。解放後の政治状況は、このように3つの異なった次元の対立状況が交じり合った状態で、それぞれの政治勢力が自らの理念と路線に従って提携相手を選び、覇権争いを繰り広げていた状況だったのだ。
解放後3年にわたる米ソ両国の軍政は、こうして南北に異質な体制を作り上げた。これに対する評価や学問的研究は、普遍的かつ長期的な観点から行われなければならないと考える。基本的人権の保障が世界的に通用する重要な価値の一つであることを勘案すれば、米ソ両国の軍政下のどのような政策や措置がこれと結びついたものなのか、またなぜそうなったのかを深く考察しなければならないというわけだ。基本的人権という人類にとっての普遍・妥当な価値を評価の基準にした場合、宣言のような綱領や宣伝文句よりも、政治制度や法律体系に対する実証的な研究が欠かせないといえる。
またこれと合わせて、当時導入された体制に対し、歴史の発展や国際情勢の変化とみる長期的な視点からアプローチする必要がある。限りなく発展し続け、変化していく環境に対し、弾力的に対応できる体制なのか、そしてそれが国民一人一人の自由や権利を保護する方向に作用したのかについて、基準を設けて分析していかなければならないというわけだ。たとえ最初は不十分かつ不完全なものであったとしても、持続可能な修正や補完を認め、民主主義の原理に結び付けられる方向に進んでいけば、それは受け入れ可能な体制だといえるというものだ。一方、これとは逆に、体制の修正や補完が統治者の個人的な権力を強化する方向に結び付いていくならば、民主主義とはかけ離れたものにならざるを得ない。
沈之淵(シム・ジヨン)教授(慶南大)
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/10/20061210000031.html
朝鮮日報がいままでののタブーに触れ始めたようです。営利も追求しなければならない新聞社にとっては、大変な勇気と決断が必要なことであると存じます。単なる大衆迎合であってはいけません^^
とてもよいことですわ。こういう姿勢があれば、日本とも忌憚のない話し合いが可能になると存じます。地道な一歩一歩がとても大切です、と思います。
○僧4
【特集】解放前後史の再記述
共産主義者・朴憲永の「夜中にいきなり“棚からぼた餅”のような形で(日本の支配からの)解放を迎えた」という言葉の通り、第二次大戦終結当時、解放を迎え独立国家建設を主導するための準備が誰にもできていなかった状況下で、日本の無条件降伏が発表された。このことに伴う力の空白状態や、国土の分断を狙った情報戦が、国際的には米国と旧ソ連の、国内的には南北間の対立に結びついた。またこれとは別に、南北双方で権力闘争の嵐が吹き荒れた。解放後の政治状況は、このように3つの異なった次元の対立状況が交じり合った状態で、それぞれの政治勢力が自らの理念と路線に従って提携相手を選び、覇権争いを繰り広げていた状況だったのだ。
解放後3年にわたる米ソ両国の軍政は、こうして南北に異質な体制を作り上げた。これに対する評価や学問的研究は、普遍的かつ長期的な観点から行われなければならないと考える。基本的人権の保障が世界的に通用する重要な価値の一つであることを勘案すれば、米ソ両国の軍政下のどのような政策や措置がこれと結びついたものなのか、またなぜそうなったのかを深く考察しなければならないというわけだ。基本的人権という人類にとっての普遍・妥当な価値を評価の基準にした場合、宣言のような綱領や宣伝文句よりも、政治制度や法律体系に対する実証的な研究が欠かせないといえる。
またこれと合わせて、当時導入された体制に対し、歴史の発展や国際情勢の変化とみる長期的な視点からアプローチする必要がある。限りなく発展し続け、変化していく環境に対し、弾力的に対応できる体制なのか、そしてそれが国民一人一人の自由や権利を保護する方向に作用したのかについて、基準を設けて分析していかなければならないというわけだ。たとえ最初は不十分かつ不完全なものであったとしても、持続可能な修正や補完を認め、民主主義の原理に結び付けられる方向に進んでいけば、それは受け入れ可能な体制だといえるというものだ。一方、これとは逆に、体制の修正や補完が統治者の個人的な権力を強化する方向に結び付いていくならば、民主主義とはかけ離れたものにならざるを得ない。
沈之淵(シム・ジヨン)教授(慶南大)
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/10/20061210000031.html
朝鮮日報がいままでののタブーに触れ始めたようです。営利も追求しなければならない新聞社にとっては、大変な勇気と決断が必要なことであると存じます。単なる大衆迎合であってはいけません^^
とてもよいことですわ。こういう姿勢があれば、日本とも忌憚のない話し合いが可能になると存じます。地道な一歩一歩がとても大切です、と思います。
○僧4
これは メッセージ 8845 (k_g_y_7_234 さん)への返信です.