クリスの歌
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2012/12/24 21:51 投稿番号: [73505 / 73791]
・・・・と言っても何のことか分からないと思う。
日本テレビ(読売系)で、外国人が日本の楽曲を唱う番組がある。先ほど終わった。要するに、カラオケで日本の楽曲を唱って点数を競って
一番日本の歌がうまい「外国人」
を選ぶ番組だ。
選考は、YOUTUBEなどで、日本の歌をアップしていて「うまい!」という評価を受けている人が集まっているだけあって・・・・・ハッキリ言ってオリジナルの歌手よりも上手だ。
この番組を私が好きなのは、日本の文化植民地であるところのチンチョンが全く出てこないことだが、この参加者の中でクリスというアメリカ人がいる。クリスは前々回優勝したが、前回そして今回も参加してくれた。
参加者全員がうまい。これは文句なくうまいっ!非の打ちどころがない。甲乙つけがたい。したがって、ほとんどの人が400点満点中380点以上の高得点になってしまう。
しかし、私の個人的見解ではクリスの歌は「うまい」という表現を超越している。彼の歌を聴くと・・・・感動の涙しか出てこない。
音程がシッカリしている。
盛り上がる局面でwシャウトして歌い方に迫力がある。
まぁ〜、いろいろな評価基準があるだろうが、クリスの歌は、歌詞の内容を十二分に把握した上で、感情を抑えながら歌詞の内容伝えているという、本来日本人が持っている性を表現しているように感じる。
だから自然と涙が出てくる(;_;)
今回優勝したのはイギリスの人だった。確かにうまい。でも私は最後まで争ったイタリアの人の方が良かったように思える。そして、クリスはそれらよりも次元が違うように思える。
クリスは前々回優勝した。前回も私的には(圧倒的な)優勝だった。今回もだ。しかし、クリスは前回も今回も優勝できなかった。
私は、専門家では無い。少々バンド(ボーカル&作詞作曲)をやった経験があるが、プロの次元には遠く及ばない。この番組の採点をしたのはプロの人々だ。
だから、私がとやかく言うのはプロの人々からしてみれば・・・・
「アンタ分かって無いねぇ〜」
ということなのかもしれない。だから、「クリス押し」はあくまで私の個人的な見解だ。
正当な評価できる人材・・・というのはいったいどういう人だろう?
私は同業者こそがその資格を持っていると思う。
なぜならば、ある人のパーフォーマンスを専門家であるところの「同業者」として評価できるからだ。
「私にはとてもあのようなパーフォーマンスはできない」
同業者だからこそ、その困難さ、独創性が評価できるわけだ。
例えば、私達の真央ちゃんの トリプルアクセル+ダブル のコンビネーションジャンプ。この困難さを理解できるのは競技者でしかない。世界中のスケーターが私達の真央に憧れ、目標にしているのに対し、世界初の八百長&枕営業スケーターであるキモが、世界中のスケーターから蔑視と嘲笑の対象でしかないこともそういうことなのだろう。
逆に、ある非常に売れた楽曲Aと、それほど売れなかった楽曲Bがあったとする。作曲・作詞家の立場から・・・
「Aならばオレでもできなくは無いが、Bの楽曲はどう逆立ちしてもできない。Bを作ったヤツは天才だっ!」
・・・・・こういうことも多いと思う。
おそらく絵画でもそうなのだろう。わけの分からない幼児でも描けそうな抽象画が、「同業者」から見れば・・・
「到底あんな作品を私は描くことはできない。私にはアイツのマネはできない。アイツは天才だ。」
・・・・こういうことになるのだろう。
今回クリスは優勝できなかった。イタリア人も良かったが、個人的にはクリスが優勝に相応しいと思った。少なくとも優勝したイギリス人よりは良かったと思う。
しかし、判定したのは私より遙かにレベルの高い専門家だ。したがって専門家の採点を尊重するしかない。専門家がプロデューサーなどの「思惑」を排除し、専門家のプライドをかけて判定していると信じたい。
日本テレビ(読売系)で、外国人が日本の楽曲を唱う番組がある。先ほど終わった。要するに、カラオケで日本の楽曲を唱って点数を競って
一番日本の歌がうまい「外国人」
を選ぶ番組だ。
選考は、YOUTUBEなどで、日本の歌をアップしていて「うまい!」という評価を受けている人が集まっているだけあって・・・・・ハッキリ言ってオリジナルの歌手よりも上手だ。
この番組を私が好きなのは、日本の文化植民地であるところのチンチョンが全く出てこないことだが、この参加者の中でクリスというアメリカ人がいる。クリスは前々回優勝したが、前回そして今回も参加してくれた。
参加者全員がうまい。これは文句なくうまいっ!非の打ちどころがない。甲乙つけがたい。したがって、ほとんどの人が400点満点中380点以上の高得点になってしまう。
しかし、私の個人的見解ではクリスの歌は「うまい」という表現を超越している。彼の歌を聴くと・・・・感動の涙しか出てこない。
音程がシッカリしている。
盛り上がる局面でwシャウトして歌い方に迫力がある。
まぁ〜、いろいろな評価基準があるだろうが、クリスの歌は、歌詞の内容を十二分に把握した上で、感情を抑えながら歌詞の内容伝えているという、本来日本人が持っている性を表現しているように感じる。
だから自然と涙が出てくる(;_;)
今回優勝したのはイギリスの人だった。確かにうまい。でも私は最後まで争ったイタリアの人の方が良かったように思える。そして、クリスはそれらよりも次元が違うように思える。
クリスは前々回優勝した。前回も私的には(圧倒的な)優勝だった。今回もだ。しかし、クリスは前回も今回も優勝できなかった。
私は、専門家では無い。少々バンド(ボーカル&作詞作曲)をやった経験があるが、プロの次元には遠く及ばない。この番組の採点をしたのはプロの人々だ。
だから、私がとやかく言うのはプロの人々からしてみれば・・・・
「アンタ分かって無いねぇ〜」
ということなのかもしれない。だから、「クリス押し」はあくまで私の個人的な見解だ。
正当な評価できる人材・・・というのはいったいどういう人だろう?
私は同業者こそがその資格を持っていると思う。
なぜならば、ある人のパーフォーマンスを専門家であるところの「同業者」として評価できるからだ。
「私にはとてもあのようなパーフォーマンスはできない」
同業者だからこそ、その困難さ、独創性が評価できるわけだ。
例えば、私達の真央ちゃんの トリプルアクセル+ダブル のコンビネーションジャンプ。この困難さを理解できるのは競技者でしかない。世界中のスケーターが私達の真央に憧れ、目標にしているのに対し、世界初の八百長&枕営業スケーターであるキモが、世界中のスケーターから蔑視と嘲笑の対象でしかないこともそういうことなのだろう。
逆に、ある非常に売れた楽曲Aと、それほど売れなかった楽曲Bがあったとする。作曲・作詞家の立場から・・・
「Aならばオレでもできなくは無いが、Bの楽曲はどう逆立ちしてもできない。Bを作ったヤツは天才だっ!」
・・・・・こういうことも多いと思う。
おそらく絵画でもそうなのだろう。わけの分からない幼児でも描けそうな抽象画が、「同業者」から見れば・・・
「到底あんな作品を私は描くことはできない。私にはアイツのマネはできない。アイツは天才だ。」
・・・・こういうことになるのだろう。
今回クリスは優勝できなかった。イタリア人も良かったが、個人的にはクリスが優勝に相応しいと思った。少なくとも優勝したイギリス人よりは良かったと思う。
しかし、判定したのは私より遙かにレベルの高い専門家だ。したがって専門家の採点を尊重するしかない。専門家がプロデューサーなどの「思惑」を排除し、専門家のプライドをかけて判定していると信じたい。