Re: 古代日本人と朝鮮人
投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2012/04/09 11:59 投稿番号: [71978 / 73791]
夢更紗さん・・・文献からの補足説明、有難うございます。
>>石器時代において九州は、温暖で豊かな東南アジアとの玄関口というべきであり、何もない不毛な朝鮮半島との結びつきは殆どなかったと言える。
>もともと素戔嗚尊のご子息である五十猛神(いそたけるのかみ)が、高天原から降って行った時、多くの植物の種を持って降って行かれた。けだしこれらの種は韓(から)の地には植えず、全部持ち歸られて、とうとう筑紫の国から始めて、日本国中においてその種を播(ま)き増やして、青々と茂る豊かなところにしないところはなかった。
これは、当時の気候からも裏づけされていますよね。寒冷地であった朝鮮半島に南方系の植物が十分に育つはずがありませんから(笑)
だから、石器時代の朝鮮半島には、寒冷地を住処としトナカイを追う、エベンキ系民族だろうと思われる狩猟民族(朝鮮人の本当のルーツ)がいたのでしょう。
そのずっと後になって中国大陸からやって来た、新羅(紀元356年- 935年)や百済(346年 - 660年)や高句麗(紀元前37年 - 668年)などの征服民族を、朝鮮人のルーツと偽るのは止めてもらいたいものです(笑)
もし・・・彼らを朝鮮人のルーツと言うのであれば、モンゴル人も同様に朝鮮人のルーツと呼ぶべきでしょう(笑)
>>皇室のルーツは、古事記日本書紀の研究者によれば、南方の海から、つまり東南アジア系だとしている。
>伊弉諾・伊弉冉がこの日本で国産みをして、その後、天照大神は財産わけにしたがって高天原を統治した。
その子孫がまたこの国に帰ってきた。というわけで、日本原住民も素戔嗚尊・天照大神一族も同根となります。
>たぶん中国南方か東南アジアからの渡来と思いますが、すると面白いことに、天照大神が高天原を財産わけしてもらって、この葦原中つ国から出て行った、ってことは、もとは、そのどこにあるかわからない高天原ももともと日本のものだった、ということになりますよね。
古事記や日本書紀の記述と考古学的資料とは、かなり合致するところがあるようですね。
日本人は昔から倭人伝にも書かれているように「国の大人は妬まず、盗みもなく、諍いや訴訟も少ない」とあるように、正直を旨としてきただけに、出来るだけ正確に記述するようにしていたのだと思います。
これは メッセージ 71976 (夢更紗 さん)への返信です.
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