Re: 地震予知について
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2011/05/22 12:02 投稿番号: [68404 / 73791]
>結局、基礎的な知識(この場合は、実際に起こっている地盤の変化と電気的・磁気的な現象との本質的な関連の知識)が不足しているという事です。<
そのとうりです。
>もっと地道な研究が必要でしょう。<
そのとうりだと思います。
30年ほど前私が学生の頃、生命化学の講義で教授がこんなこと言ってました。
「ガンは研究すればするほど、分からないことが出てくる」
別の教授はこんなことを言ってました。
「脳については、何が分からないのかすらも分かっていない」
30年経ってどうなっかたというと、完全に解明されたというにはほど遠いですが、技術革新により解析技術や新たな実験も可能になり、少しずつ解明のための手がかりが増えてきています。
科学とは、世代間でタスキを引き継ぎ、未知のことを明らかにするものと私は思います。今の世代で全て解明できるなどということは無いでしょうし、解明できたと思っても新たな事実が発見されれば、今までの見解を破棄あるいは修正・追加して新たな理論が生みだされていくものです。
最初は全く未知のこと、そう全く白紙のキャンバスに、誰かが観測や実験をして最初のプロットを書き込む。別の人が、また別の事実から別のプロットを書き込む。
やがてプロット(観測・実験事実)がたくさんあつまり、ある人がそれらのプロットを線で結び関係づける。一次元(点)の集まりだったものが、理論という二次元の絵に変化していくわけです。
その絵をサポートするような点を付け加える人も出てくるでしょうし、その絵とは全く異なる点を発見する人が出てくるでしょう。
その「特異点」を重要だと思った人が、今までの絵を一旦考え直し、特異点をも含めた絵を描くかもしれません。
実験や観測事実の整合性を追求することによって、科学は次第に真実に近づいていくわけです。
今までの仮説と矛盾する結果を見て
「ウリナラの考えと一致しないニダッ!このデータは無かったことにシルっ!」
「アイゴォ〜、もうこの分野はお手あげニダッ!やめるニダッ!」
などと考えるチンチョンスタイルではいけないのです。
仮説と矛盾するデータこそ真実への大きなヒントと考え、
「これはたいへん興味深いデータだっ!」
と考えるのが科学者のスタイルです。
今までの理論を提唱した人は、(結果的には)間違っていたり不十分だったわけですが、それは「科学者」として評価が下がるものではありません。観測した事実から考察し、整合性のある理論を生みだし、それを検証するという、科学の方法論を追求した結果であり、真実の究明という長い駅伝の重要な走者であったことに変わりはないからです。
・・・・・以上のことを踏まえて・・・・、
>こういう場合は、カネや人を投入すれば、研究が進むものでもない。
何も分かっていないに等しい地震とその予知。白紙のキャンパスに点を打つ人も少なく、その点を眺めて絵にする人もあまりいない。おぼろげながら書かれた絵を検証しようにも、さらなる点を集めようにも人も金も無い。
・・・・こんなことで、「絵」は作れるのでしょうか?
そのとうりです。
>もっと地道な研究が必要でしょう。<
そのとうりだと思います。
30年ほど前私が学生の頃、生命化学の講義で教授がこんなこと言ってました。
「ガンは研究すればするほど、分からないことが出てくる」
別の教授はこんなことを言ってました。
「脳については、何が分からないのかすらも分かっていない」
30年経ってどうなっかたというと、完全に解明されたというにはほど遠いですが、技術革新により解析技術や新たな実験も可能になり、少しずつ解明のための手がかりが増えてきています。
科学とは、世代間でタスキを引き継ぎ、未知のことを明らかにするものと私は思います。今の世代で全て解明できるなどということは無いでしょうし、解明できたと思っても新たな事実が発見されれば、今までの見解を破棄あるいは修正・追加して新たな理論が生みだされていくものです。
最初は全く未知のこと、そう全く白紙のキャンバスに、誰かが観測や実験をして最初のプロットを書き込む。別の人が、また別の事実から別のプロットを書き込む。
やがてプロット(観測・実験事実)がたくさんあつまり、ある人がそれらのプロットを線で結び関係づける。一次元(点)の集まりだったものが、理論という二次元の絵に変化していくわけです。
その絵をサポートするような点を付け加える人も出てくるでしょうし、その絵とは全く異なる点を発見する人が出てくるでしょう。
その「特異点」を重要だと思った人が、今までの絵を一旦考え直し、特異点をも含めた絵を描くかもしれません。
実験や観測事実の整合性を追求することによって、科学は次第に真実に近づいていくわけです。
今までの仮説と矛盾する結果を見て
「ウリナラの考えと一致しないニダッ!このデータは無かったことにシルっ!」
「アイゴォ〜、もうこの分野はお手あげニダッ!やめるニダッ!」
などと考えるチンチョンスタイルではいけないのです。
仮説と矛盾するデータこそ真実への大きなヒントと考え、
「これはたいへん興味深いデータだっ!」
と考えるのが科学者のスタイルです。
今までの理論を提唱した人は、(結果的には)間違っていたり不十分だったわけですが、それは「科学者」として評価が下がるものではありません。観測した事実から考察し、整合性のある理論を生みだし、それを検証するという、科学の方法論を追求した結果であり、真実の究明という長い駅伝の重要な走者であったことに変わりはないからです。
・・・・・以上のことを踏まえて・・・・、
>こういう場合は、カネや人を投入すれば、研究が進むものでもない。
何も分かっていないに等しい地震とその予知。白紙のキャンパスに点を打つ人も少なく、その点を眺めて絵にする人もあまりいない。おぼろげながら書かれた絵を検証しようにも、さらなる点を集めようにも人も金も無い。
・・・・こんなことで、「絵」は作れるのでしょうか?
これは メッセージ 68403 (asahiga2423 さん)への返信です.