Re: 沖縄集団自決の真実 富村順一
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/05/04 23:07 投稿番号: [68200 / 73791]
島を救った元隊長さん
どのようにして話してよいか、前後区別もつかなくなり、
何度も録音を取り直しましたが、自分の云いたいことを録音できません。
私は人間を余り信用しません。
と云うのは、座間味戦記を書いた、中村先生御存知の宮城晴美さん、あの
『母の遺したもの』は、梅沢さんが自決命令を出してないと断言しています。
だが彼女は法廷ではその立場を覆した。
そのようなことを新聞で読んだことがあります。
自分の書いたものにも責任が持てない。それは無論他人事だけではなく、
私も赤松隊長について間違ったことを聞き、書いたことがあります。
これは謝罪すべきです。何れ本が書けるようになれば、本で間違ったことを
訴えているのなら、また本で謝罪をしたいと思ってます。
私は嘘を云って遺族年金をごまかした人間が一方的に悪いとは思っていません。
もし梅沢隊長や赤松隊長に濡れ衣を着せなければ、今の座間味島や
渡嘉敷島はあのような仕合わせな島にはなってはいません。
宮城初枝さんが嘘の沖縄戦記を書いたために、多くの本土の方々は
宮城初枝さんから捏造した沖縄戦記を聞き、その家に泊り(宮城初枝さんは
民宿を経営していた)、帰る時には余分な金まで置いて行ったために、
宮城初枝さんの三人のお子さんが大学に進学出来た訳です。
また本土から平和教育のために多くの中高校生が行ってます。
その語り部が宮城初枝さんなんです。
亡くなられた赤松隊長には申し訳ありませんが、
濡れ衣を着てくれたお蔭で島の人が仕合わせになったとお考えなされば、
気も休まれるんではないかと私は思ってます。
故に沖縄の座間味島、渡嘉敷島の戦後の困難を救った方が、
濡れ衣を着た梅沢隊長であり、赤松隊長だと思います。
そのようにお考えになれば、多少なり心が安らぐことがあるのではないでしょうか。
「沖縄出身の日本兵」のこと
さて、私が沖縄戦を語る時、ただ座間と渡嘉敷ではありません。
久米島でスパイ容疑で殺された朝鮮釜山出身の具仲会さんのこともあります。
戦前、具仲会さんは沖縄で鍋や薬缶(やかん)などを修理する鋳掛け屋さんを
していました。その方は標準語を使っていたので、日本人だと思ってました。
あとで韓国人だと判りましたが、その家族七人がスパイ容疑で
生後三ヶ月の赤ちゃんまで殺されました。
その日本名谷川昇、具仲会さんは三年間私の面倒を見て下さった方です。
何故私が具仲会さん一家にお世話になるようになったかと申しますと、
具仲会さんは鍋や薬缶、釜の修理をしながら、
朝鮮飴とスクラップの物々交換をしてました。
私はその朝鮮飴を全部盗んだのです。
具仲会さんに捕まってしまい、盗んだ理由を話すと、「ならば家(うち)に居なさい」
と云う訳で、私は具仲会さんと一緒に具さんの大八車の後(あと)を押して、
三年間沖縄本島を渡り歩きました。
その一家が私にとっては命の恩人であり、また具仲会さん夫婦は
私にとっては三年間、お父さんでもあり、お母さんでもあった訳です。
長男坊に私より二つ歳下の一夫君がいましたが、一夫君が米軍の缶詰を
持っていると山の部隊に報告したのは一夫君の先生なんです。その先生が
カズオ君が米軍と会っていたとか、様々なことを部隊に報告した訳です。
また朝鮮人一家だけでなく、23人の町民もスパイ容疑で殺されましたが、
そのリストを作ったのは学校の先生であり、女性で初めて県会議員に
なった上江洲(うえす)トシさんです。
そのことは私は『隠された沖縄戦記』という本に書いていますが、
事実であるから上江洲さんは私を訴えることは出来ません。
また島民を殺した日本兵と云えば、皆本土出身の日本兵と思うでしょうが、
本土出身の日本兵は沖縄の地形はよく知らず、同じ沖縄人をスパイ容疑で
殺したのは現地で入隊した防衛隊であり、護郷隊です。
沖縄出身の日本兵です。
だから沖縄の作家達は、沖縄戦記を書く場合には、「沖縄出身の日本兵」
とは書かないのです。
ただ「日本兵」と書けば、日本人は「本土出身の日本兵」と考えるでしょう。
このように沖縄人は、自分達に都合のいい沖縄戦記を書いています。
つづく
どのようにして話してよいか、前後区別もつかなくなり、
何度も録音を取り直しましたが、自分の云いたいことを録音できません。
私は人間を余り信用しません。
と云うのは、座間味戦記を書いた、中村先生御存知の宮城晴美さん、あの
『母の遺したもの』は、梅沢さんが自決命令を出してないと断言しています。
だが彼女は法廷ではその立場を覆した。
そのようなことを新聞で読んだことがあります。
自分の書いたものにも責任が持てない。それは無論他人事だけではなく、
私も赤松隊長について間違ったことを聞き、書いたことがあります。
これは謝罪すべきです。何れ本が書けるようになれば、本で間違ったことを
訴えているのなら、また本で謝罪をしたいと思ってます。
私は嘘を云って遺族年金をごまかした人間が一方的に悪いとは思っていません。
もし梅沢隊長や赤松隊長に濡れ衣を着せなければ、今の座間味島や
渡嘉敷島はあのような仕合わせな島にはなってはいません。
宮城初枝さんが嘘の沖縄戦記を書いたために、多くの本土の方々は
宮城初枝さんから捏造した沖縄戦記を聞き、その家に泊り(宮城初枝さんは
民宿を経営していた)、帰る時には余分な金まで置いて行ったために、
宮城初枝さんの三人のお子さんが大学に進学出来た訳です。
また本土から平和教育のために多くの中高校生が行ってます。
その語り部が宮城初枝さんなんです。
亡くなられた赤松隊長には申し訳ありませんが、
濡れ衣を着てくれたお蔭で島の人が仕合わせになったとお考えなされば、
気も休まれるんではないかと私は思ってます。
故に沖縄の座間味島、渡嘉敷島の戦後の困難を救った方が、
濡れ衣を着た梅沢隊長であり、赤松隊長だと思います。
そのようにお考えになれば、多少なり心が安らぐことがあるのではないでしょうか。
「沖縄出身の日本兵」のこと
さて、私が沖縄戦を語る時、ただ座間と渡嘉敷ではありません。
久米島でスパイ容疑で殺された朝鮮釜山出身の具仲会さんのこともあります。
戦前、具仲会さんは沖縄で鍋や薬缶(やかん)などを修理する鋳掛け屋さんを
していました。その方は標準語を使っていたので、日本人だと思ってました。
あとで韓国人だと判りましたが、その家族七人がスパイ容疑で
生後三ヶ月の赤ちゃんまで殺されました。
その日本名谷川昇、具仲会さんは三年間私の面倒を見て下さった方です。
何故私が具仲会さん一家にお世話になるようになったかと申しますと、
具仲会さんは鍋や薬缶、釜の修理をしながら、
朝鮮飴とスクラップの物々交換をしてました。
私はその朝鮮飴を全部盗んだのです。
具仲会さんに捕まってしまい、盗んだ理由を話すと、「ならば家(うち)に居なさい」
と云う訳で、私は具仲会さんと一緒に具さんの大八車の後(あと)を押して、
三年間沖縄本島を渡り歩きました。
その一家が私にとっては命の恩人であり、また具仲会さん夫婦は
私にとっては三年間、お父さんでもあり、お母さんでもあった訳です。
長男坊に私より二つ歳下の一夫君がいましたが、一夫君が米軍の缶詰を
持っていると山の部隊に報告したのは一夫君の先生なんです。その先生が
カズオ君が米軍と会っていたとか、様々なことを部隊に報告した訳です。
また朝鮮人一家だけでなく、23人の町民もスパイ容疑で殺されましたが、
そのリストを作ったのは学校の先生であり、女性で初めて県会議員に
なった上江洲(うえす)トシさんです。
そのことは私は『隠された沖縄戦記』という本に書いていますが、
事実であるから上江洲さんは私を訴えることは出来ません。
また島民を殺した日本兵と云えば、皆本土出身の日本兵と思うでしょうが、
本土出身の日本兵は沖縄の地形はよく知らず、同じ沖縄人をスパイ容疑で
殺したのは現地で入隊した防衛隊であり、護郷隊です。
沖縄出身の日本兵です。
だから沖縄の作家達は、沖縄戦記を書く場合には、「沖縄出身の日本兵」
とは書かないのです。
ただ「日本兵」と書けば、日本人は「本土出身の日本兵」と考えるでしょう。
このように沖縄人は、自分達に都合のいい沖縄戦記を書いています。
つづく
これは メッセージ 68199 (yume_sarasa1211 さん)への返信です.