「面目躍如」の読み方は・・・
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/07/29 01:39 投稿番号: [64681 / 73791]
「面目躍如」の読み方は・・・
(自トピからの転載です)
■「面目躍如」は、「めんぼくやくじょ」と読んだら誤りか
他トピで、ある人が「面目躍如」が「めんぼくやくじょ」で変換されないと
レスされました。
それを受けて、在日と思しき人が、「めんもくやくじょ」と読むのだと嘲笑しました。
するとその人は「めんぼくやくじょ」でも正しい、という意味のレスをされました。
果たして、どうなんでしょう。
実は、「面目」を「めんぼく」と読もうが「めんもく」と読もうが、
意味はほとんど同じです。
「目」を「もく」と発音するのが呉音、「ぼく」と発音するのが「漢音」です。
で呉音のほうが古いので「もく」のほうが古い発音の仕方。
後に、盛んに遣唐使が派遣されて遣唐使の持ち帰った最新のからの国の発音が
漢音で、朝廷はさかんに呉音をやめて漢音で発音するようにと推進しました。
しかしながら、いったん受け入れ定着したものはなかなか廃れない、
しぶとく生き残ります。その一つが「めんもく」なのでしょう。
ちなみに唐音というのもありますが、これは唐代よりの後の宋・明・清代の
発音で、数はそんなに多くありません。普請とか行灯がこの唐音です。
わたしの師はよく「漢文は漢音で読みたい」とおっしゃっておられました。
今でも仏教経典に多く呉音が残っています。
ひところマスコミが麻生元総理をコテンパンに叩き笑いものにした
「未曾有」もそうです。
「未曾有」をなぜ「みぞう」と読むのか説明できないと思われる人が、
したり顔で麻生総理を嘲笑していて、噴飯ものでした。
「有」の漢音が「ゆう」なので、理屈としては「みぞゆう」と読んでも何も
間違っていないのです。「みぞう」と読むのは仏教用語に呉音の読み方が
連綿と生き残ってきたからにすぎません。
それを、我々は仏教と関係ないところで、よみぐせとして使用しているだけなのです。
さて「めんぼくやくじょ」でネット辞書検索してみると出てきません。
しかしながら、広辞苑電子辞書では「めんぼくやくじょ」で出てきます。
ところが「めんもく」は出てくるものの「めんもくやくじょ」では出てきません。
広辞苑が全面的に何でも正しいとは言えませんが、ひとつの指針としてみる
ならば、最初の投稿者の言い分は充分正しいということになります。
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