いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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2チャンネルで見かけたので。

投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2010/03/30 17:04 投稿番号: [63225 / 73791]
投稿する日韓併合までの事実関係が良くまとまってる事実だ。
当時の帝国主義の時代で独力で生きていくことが不可能だった民族は、ほかの国の植民地になるしかなかった。
古代は日本に事大しそれからはシナに事大し独立した歴史を持たない民族トンスラー。
シナ文化の中継点で有ったに過ぎないのに日本に文化を伝えたと主張する気味悪い民族トンスラー。
百済文化なぞ存在していない。
あったのは土人の存在のみだ。
にも関わらず日本と対等合法を画策していたトンスラーがいた。
当時の日本とトンスル半島の力関係からしてあり得ない。
日本国はトンスラーを奴隷として扱うべきであった、これは当時の指導者の失政である。



<<   30行で分かる日韓併合の真実   >>

日本の明治時代に2つのイデオロギーがあった。

①勝海舟の「興亜論」(アジア主義)…「日本は中国や韓国と共に、“東アジア共同体”を作るべし」
②福沢諭吉の「脱亜論」(脱アジア主義)…「中国や韓国は民度が低いから“東アジア共同体”は不可能」

勝海舟の『興亜論』に触発されたのが樽井藤吉(社民党の先祖)である。
彼は1885年に『大東合邦論』という論文を書いた。
「興亜論」の具体論であり、当時最大の脅威だったロシアへの対抗論であった。

  「日本はまず、韓国と対等に合邦し、“大東”という国をつくるべし」
  「そして“大東”と中国が同盟し、ロシアを倒すべし」
  「更に東アジアに進軍し、白人からアジアを解放すべし」

…「日韓併合」と「大東亜戦争」のルーツと言われる論文であった。
しかし、その後、日露戦争で日本は単独で勝利する。
日本は一等国になり、『大東合邦論』の価値は薄れた。

ところが、この『大東合邦論』を韓国で利用する人物が現れた。   李容九である。
彼は一進会を率い、日露戦争後に、「日本と韓国は対等合邦する!」という運動を行なっていた。
(当時、韓国は日本の保護国であり、国家予算の大半を日本が援助していた)

しかし、1909年、韓国のテロリスト安重根により伊藤博文が暗殺される事件が発生した。
昨日まで「日韓対等合邦!」と騒いでいた韓国人は恐怖した。

  「日本に復讐される!」   「もう対等合邦は無理!   植民地にされる前に併合を要請する!」

…こうして、「日韓合邦運動」は一気に「日韓併合運動」へと変質した。
そして1910年…韓国政府が、日本政府に併合を申し込んだのである
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