Re: 百済本記を読む
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2010/02/28 20:48 投稿番号: [63001 / 73791]
百済の属国ぶりを再度投稿する。
14世紀の高麗人は真実を書くことが出来なかった。
三國史記
卷第二十五
百済本紀第三
辰斯王
八年
夏五月丁卯朔
日有食之
秋七月
高句麗王談紱
帥兵四萬
來攻北鄙
陷石等十餘城
王聞談紱能用兵
不得出拒
漢水北諸部落多沒焉
冬十月
高句麗攻拔關彌城
王田於狗原
經旬不返
十一月
薨於狗原行宮
百済本記では辰斯王は行方不明になったと書かれている。
だが日本書記に真実が書かれてあった。
この年に百済の唇斬(しんし)王が位につき、天皇に対して礼を失することをした。そこで、紀角(きのつの)宿禰、羽田矢代(はたのやしろ)宿禰、石川宿禰、木莵(つく)宿禰を遣わして、その事を責めた。そこで百済は唇斬王を殺して陳謝し、紀角宿禰らは阿花(あくえ)を立てて王として帰ってきた。
http://info.loops.jp/~asukaclub/syoki.html日本国の天皇の機嫌を損じると殺される百済王。
百済王は日本で養育され百済王は日本書紀の記述では日本国の天皇が決めていた。
現在でも南トンスルは小国だが、古代はさらに3つに別れていた。
トンスルの三国史記では任那地域の記録が消し去られてる。
弱小国家が古代日本を征服することが出来る筈はない。
これは メッセージ 62984 (pokosi2000 さん)への返信です.
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