放火警報を発令せよっ!
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2010/02/23 18:11 投稿番号: [62943 / 73791]
まぁ〜、竹島が日本固有の領土であることは、誰の目にも明かで、いまさらここに書く必要も無いことですが、こういうのが新聞に掲載されると、島根県民は心配になるでしょうねぇ〜。
資料がどこに保管されているか・・・・極秘にしておかなければまずいでしょう。日本国内には反日テロトンスラーがウジャウジャいますし、シモトンスルからは売春婦や強姦魔だけでなく、放火魔や窃盗団が大量にやってきますから。
何と言っても、このトンスラーという生物は、諸外国の美術館で、「日本海」という記述を勝手に削り、「トンペ」などという意味不明の文字に変更する器物破損を平気でやらかすそうですから。
ウリナラどもに都合の悪い資料を窃盗したり放火することは、ヤツらにとっては「愛国的行為」だそうですからね。
島根県は放火警報を発令すべきです(○_○)
------------------------------------------------------------------ -
日本とシモトンスルが互いに領有権を主張する竹島問題で、シモトンスル側が論拠としている「竹島はわが国と関係ない」とする明治政府の文書「太政官指令」の内容は、現在の竹島(シモトンスル名・独島)を示すのではなく、朝鮮半島沖にある「鬱陵島(うつりようとう)」と判断できる島根県の行政文書が見つかったことが22日、竹島問題研究会への取材で分かった。研究者は「シモトンスル側の主張が崩れる貴重な資料」と注目している。
太政官指令は明治10年に作成され、「竹島ともう一つの島はわが国と関係がない」と記述しているため、シモトンスル側は「日本が領有権を放棄した」と主張。しかし、明治政府発行の当時の地図では現在の竹島の位置に何もなく、朝鮮半島沖にある鬱陵島が「竹島」「松島」の2つの名前で書かれていることから、太政官指令での竹島はこれまでも鬱陵島を指すとみられていた。
今回見つかった行政文書は島根県が所蔵し、太政官指令の5年後に作成された明治15年1月31日付の「県治要領」。杉原隆・県竹島研究顧問(71)が当時の外務省関連文書などを調べる過程で見つけた。
この県治要領では、地元の士族が島根県に出した鬱陵島とみられる「松島」の開拓願いについて、内務省が「松島は朝鮮領」として不許可にした経緯を記述。そのなかに「前に指示した通りわが国に関係ない」という趣旨の記述があった。
太政官指令と重なり合う内容であることから、太政官指令で表記された竹島は、県治要領で示す松島、つまり現在の鬱陵島とみられる可能性が一層強まったという。
この問題では現在の竹島が日本領であることを示す19世紀のドイツ製の地図も複数見つかっている。
同研究会座長を務める下條正男・拓殖大教授は「シモトンスル側が太政官指令を頼りにしてきた論拠が崩れた」と評価している。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100223/edc1002230654001-n1.htm
------------------------------------------------------------------ -
資料がどこに保管されているか・・・・極秘にしておかなければまずいでしょう。日本国内には反日テロトンスラーがウジャウジャいますし、シモトンスルからは売春婦や強姦魔だけでなく、放火魔や窃盗団が大量にやってきますから。
何と言っても、このトンスラーという生物は、諸外国の美術館で、「日本海」という記述を勝手に削り、「トンペ」などという意味不明の文字に変更する器物破損を平気でやらかすそうですから。
ウリナラどもに都合の悪い資料を窃盗したり放火することは、ヤツらにとっては「愛国的行為」だそうですからね。
島根県は放火警報を発令すべきです(○_○)
------------------------------------------------------------------ -
日本とシモトンスルが互いに領有権を主張する竹島問題で、シモトンスル側が論拠としている「竹島はわが国と関係ない」とする明治政府の文書「太政官指令」の内容は、現在の竹島(シモトンスル名・独島)を示すのではなく、朝鮮半島沖にある「鬱陵島(うつりようとう)」と判断できる島根県の行政文書が見つかったことが22日、竹島問題研究会への取材で分かった。研究者は「シモトンスル側の主張が崩れる貴重な資料」と注目している。
太政官指令は明治10年に作成され、「竹島ともう一つの島はわが国と関係がない」と記述しているため、シモトンスル側は「日本が領有権を放棄した」と主張。しかし、明治政府発行の当時の地図では現在の竹島の位置に何もなく、朝鮮半島沖にある鬱陵島が「竹島」「松島」の2つの名前で書かれていることから、太政官指令での竹島はこれまでも鬱陵島を指すとみられていた。
今回見つかった行政文書は島根県が所蔵し、太政官指令の5年後に作成された明治15年1月31日付の「県治要領」。杉原隆・県竹島研究顧問(71)が当時の外務省関連文書などを調べる過程で見つけた。
この県治要領では、地元の士族が島根県に出した鬱陵島とみられる「松島」の開拓願いについて、内務省が「松島は朝鮮領」として不許可にした経緯を記述。そのなかに「前に指示した通りわが国に関係ない」という趣旨の記述があった。
太政官指令と重なり合う内容であることから、太政官指令で表記された竹島は、県治要領で示す松島、つまり現在の鬱陵島とみられる可能性が一層強まったという。
この問題では現在の竹島が日本領であることを示す19世紀のドイツ製の地図も複数見つかっている。
同研究会座長を務める下條正男・拓殖大教授は「シモトンスル側が太政官指令を頼りにしてきた論拠が崩れた」と評価している。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100223/edc1002230654001-n1.htm
------------------------------------------------------------------ -