久々に歴史ネタ
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2009/11/26 21:08 投稿番号: [61442 / 73791]
神皇正統記をアップしよう。
全文トンスラーから影響を受けたとは書いてない。(笑)
神皇正統記評釈
文学士 大町芳衛著
巻一
大日本(おほやまと)者(は)神国(かみのくに)他。天祖(あまつみおや)はじめて基(もとゐ)をひらき、日神(ひのかみ)ながく統(とう)を伝(つた)へ給ふ。我(わが)国のみ此事あり。異朝(いてう)には其たぐひなし。此故に神国(かみのくに)と云(い)ふ也。神代(かみよ)には豊葦原千五百秋瑞穂(とよあしはらのちいほのあきのみづほの)国と云(い)ふ。天地開闢(てんちかいびやく)の初(はじめ)より此名(な)あり。天祖(あまつみおや)国常立尊(くにのとこたちのみこと)、陽神陰神(をがみめがみ)にさづけ給し勅(みことのり)にきこえたり。天照太神(あまてらすおほみかみ)、天孫(あめみま)の尊に譲(ゆづり)まし<しにも、此名あれば根本(こんぼん)の号(な)なりとはしりぬべし。又は大八州国(おほやしまのくに)と云(い)ふ。是は陽神陰神、此国を生(うみ)給しが、八(やつ)の嶋(しま)なりしによ(つ)て名(なづ)けられたり。又は耶麻土(やまと)と云(い)ふ。是は大八州(おほやしま)の中国(なかつくに)の名也。第八にあたるたび、天御虚空豊秋津根別(あめのみそらとよあきづねわけ)と云神を生(うみ)給ふ。これを
P002
大日本豊秋津州(おほやまととよあきづしま)となづく。今は四十八け国にわかてり。中州(なかつくに)たりし上に、神武(じんむ)天皇東征(とうせい)より代々(よよ)の皇都(くわうと)也。よりて其名をとりて、余(ほか)の七州をもすべて耶麻土と云なるべし。唐(もろこし)にも、周(しう)の国より出(いで)たりしかば、天下(てんか)を周と云(いひ)、漢(かん)の地(ち)よりおこりたれば、海内(かいだい)を漢と名づけしが如し。
P004
耶麻土(やまと)と云へることは山迹(やまあと)と云也。昔天地(あめつち)わかれて泥(でい)のうるほひいまだかわかず、山をのみ往来(わうらい)として其跡(あと)おほかりければ山迹(やまあと)と云(い)ふ。或(あるひは)古語に居住を止(と)と云(い)ふ。山に居住せしによりて山止(やまと)なりとも云へり。大日本とも大倭とも書(かく)ことは、此国に漢字伝(つたはり)て後、国の名をかくに字をば大日本と定(さだめ)てしかも耶麻土(やまと)とよませたるなり。大日■(をほひるめ)のしろしめす御国なれば、其義をもとれるか、はた日の出(いづ)る所にちかければしかいへるか。義はかゝれども字のまゝ日のもとと(ゝ)はよまず。耶麻土と訓(くん)ぜり。我国の漢字を訓ずる
P005
こと多く如此(かくのごとし)。おのづから日(ひ)の本(もと)などいへるは文字(もんじ)によれるなり。国の名とせるにあらず。〔裏書云(うらがきにいふ)。日のもとと(ゝ)よめる哥、万葉(に)云(い)ふ。いざこどもはや日のもとへおほとものみつのはま松まちこひぬらん〕又古(いにしへ)より大日本とも若(もし)は大の字をくはへず、日本ともかけり。州(しま)の名を大日本豊秋津といふ。懿徳(いとく)・孝霊(かうれい)・孝元(かうげん)等の御謚(おくりな)みな大日本の字あり。垂仁(すゐにん)天皇の御女(むすめ)大日本姫(やまとひめ)と云(い)ふ。これみな大の字あり。天神(あまつかみ)饒速日尊(にぎのはやひのみこと)、天(あめ)の磐船(いはふね)にのり大虚(おほぞら)をかけりて「虚空見日本(そらみつやまと)の国」との給(たまふ)。神武の御名神日本磐余彦(かみやまといはれびこ)と号したてまつる。孝安(かうあん)を日本足(やまとたらし)、開化(かいくわ)を稚(わか)日本とも号(がうし)、景行天皇の御子小碓(をうす)の皇子(みこ)を日本武(やまとたけ)の尊となづけ奉る。是は大を加(くはへ)ざるなり。彼此(かれこれ)同(おなじ)くやまとと(ゝ)よませたれど大日■(おほひるめ)の義をとらば、おほやまとと(ゝ)読(よみ)てもかなふべきか。其後(のち)漢土(かんど)より字書(じしよ)を伝(つた)へける時、倭と書(かき)て此国の名に用(もちゐ)たるを、即(すなはち)領納(りやうなふ)して、又此字を耶麻土と訓じて、日本の如(ごとく)に大を加へても又のぞきても同(おなじ)訓に通用(つうよう)しけり。
http://www.j-texts.com/chusei/rek/jinno.html
全文トンスラーから影響を受けたとは書いてない。(笑)
神皇正統記評釈
文学士 大町芳衛著
巻一
大日本(おほやまと)者(は)神国(かみのくに)他。天祖(あまつみおや)はじめて基(もとゐ)をひらき、日神(ひのかみ)ながく統(とう)を伝(つた)へ給ふ。我(わが)国のみ此事あり。異朝(いてう)には其たぐひなし。此故に神国(かみのくに)と云(い)ふ也。神代(かみよ)には豊葦原千五百秋瑞穂(とよあしはらのちいほのあきのみづほの)国と云(い)ふ。天地開闢(てんちかいびやく)の初(はじめ)より此名(な)あり。天祖(あまつみおや)国常立尊(くにのとこたちのみこと)、陽神陰神(をがみめがみ)にさづけ給し勅(みことのり)にきこえたり。天照太神(あまてらすおほみかみ)、天孫(あめみま)の尊に譲(ゆづり)まし<しにも、此名あれば根本(こんぼん)の号(な)なりとはしりぬべし。又は大八州国(おほやしまのくに)と云(い)ふ。是は陽神陰神、此国を生(うみ)給しが、八(やつ)の嶋(しま)なりしによ(つ)て名(なづ)けられたり。又は耶麻土(やまと)と云(い)ふ。是は大八州(おほやしま)の中国(なかつくに)の名也。第八にあたるたび、天御虚空豊秋津根別(あめのみそらとよあきづねわけ)と云神を生(うみ)給ふ。これを
P002
大日本豊秋津州(おほやまととよあきづしま)となづく。今は四十八け国にわかてり。中州(なかつくに)たりし上に、神武(じんむ)天皇東征(とうせい)より代々(よよ)の皇都(くわうと)也。よりて其名をとりて、余(ほか)の七州をもすべて耶麻土と云なるべし。唐(もろこし)にも、周(しう)の国より出(いで)たりしかば、天下(てんか)を周と云(いひ)、漢(かん)の地(ち)よりおこりたれば、海内(かいだい)を漢と名づけしが如し。
P004
耶麻土(やまと)と云へることは山迹(やまあと)と云也。昔天地(あめつち)わかれて泥(でい)のうるほひいまだかわかず、山をのみ往来(わうらい)として其跡(あと)おほかりければ山迹(やまあと)と云(い)ふ。或(あるひは)古語に居住を止(と)と云(い)ふ。山に居住せしによりて山止(やまと)なりとも云へり。大日本とも大倭とも書(かく)ことは、此国に漢字伝(つたはり)て後、国の名をかくに字をば大日本と定(さだめ)てしかも耶麻土(やまと)とよませたるなり。大日■(をほひるめ)のしろしめす御国なれば、其義をもとれるか、はた日の出(いづ)る所にちかければしかいへるか。義はかゝれども字のまゝ日のもとと(ゝ)はよまず。耶麻土と訓(くん)ぜり。我国の漢字を訓ずる
P005
こと多く如此(かくのごとし)。おのづから日(ひ)の本(もと)などいへるは文字(もんじ)によれるなり。国の名とせるにあらず。〔裏書云(うらがきにいふ)。日のもとと(ゝ)よめる哥、万葉(に)云(い)ふ。いざこどもはや日のもとへおほとものみつのはま松まちこひぬらん〕又古(いにしへ)より大日本とも若(もし)は大の字をくはへず、日本ともかけり。州(しま)の名を大日本豊秋津といふ。懿徳(いとく)・孝霊(かうれい)・孝元(かうげん)等の御謚(おくりな)みな大日本の字あり。垂仁(すゐにん)天皇の御女(むすめ)大日本姫(やまとひめ)と云(い)ふ。これみな大の字あり。天神(あまつかみ)饒速日尊(にぎのはやひのみこと)、天(あめ)の磐船(いはふね)にのり大虚(おほぞら)をかけりて「虚空見日本(そらみつやまと)の国」との給(たまふ)。神武の御名神日本磐余彦(かみやまといはれびこ)と号したてまつる。孝安(かうあん)を日本足(やまとたらし)、開化(かいくわ)を稚(わか)日本とも号(がうし)、景行天皇の御子小碓(をうす)の皇子(みこ)を日本武(やまとたけ)の尊となづけ奉る。是は大を加(くはへ)ざるなり。彼此(かれこれ)同(おなじ)くやまとと(ゝ)よませたれど大日■(おほひるめ)の義をとらば、おほやまとと(ゝ)読(よみ)てもかなふべきか。其後(のち)漢土(かんど)より字書(じしよ)を伝(つた)へける時、倭と書(かき)て此国の名に用(もちゐ)たるを、即(すなはち)領納(りやうなふ)して、又此字を耶麻土と訓じて、日本の如(ごとく)に大を加へても又のぞきても同(おなじ)訓に通用(つうよう)しけり。
http://www.j-texts.com/chusei/rek/jinno.html