Re: 海外メディアから見た日本マスコミの
投稿者: noga13391jp 投稿日時: 2009/09/08 03:47 投稿番号: [59807 / 73791]
qrax2013さん、今日は。
> もはや日本では、まともなメディアはない。
> 救いなのは、こうして全く別の視点からの、海外の記事を、目にすることができるネットの存在である。
> 既存のメディアは上のような記事を書かれたことについて、どう感じるだろう。それとももはや、そのような基本的な倫理すら、捨て去ったのだろうか。
ニューズウィーク (Newsweek) の東京支局長・クリスチャン・カリル (Christian Caryl) は、’どうして日本の政治家はそれほど弱いのか’について書いている。真の問題は自民党であるという。
「日本では長い間、自民党以外に、政権の選択肢はないも同然だった。」と書いてある。
目先・手先のことのみを述べる自民党と空理空論を述べる社会党や共産党では政権の選択肢はないということであろう。
英文和訳は、学問には向かない。時制のある英語の内容を時制のない日本語に訳せば、当然のことながら、意味のないものになる。
現実と考え (非現実) を区別することなく主張すれば、空理空論となる。未来時制の内容は、この世の嘘・偽りとなる。
未来時制の内容は、個人個人で違う。だから、その個人的な違いを基にして議論ができる。
現実構文・現在時制の内容ばかりでは、誰もが一致する。一致しなければ、事実関係調べとなる。
丸暗記と受け売りは子供の勉強である。
大人の勉強は、過去時制と未来時制の空白の世界を自分自身で満たしてゆくことである。
これは、哲学である。自分自身で考えることである。
だがしかし、日本語脳には、事実 (現実) と考え (非現実: 遠い未来) の内容を分けて保持する能力がない。
日本語で話す英米流高等教育はなりたたない。
せっかく教育制度を作っても、無哲学・能天気の人たちには、高等教育機関で教える内容がない。
これは、英米の大学が哲学博士 (Doctor of Philosophy: Ph. D.) の牙城をなしているのと対照的である。
大学人は空理空論を語るしかないので、日本の大学は学歴があって教養がない曲学阿世の輩を増やす結果になっている。
このような議論は、ああいえばこういうといった不毛の議論となって、誰もが望まないものとなる。
「議論をすれば、喧嘩になります」という。
こうした特殊能力が得られたのも、我が国の高等教育のおかげであると得意になっている人もいるかもしれない。
我が国に活用されているのは、実社会の中の実学 (技術) 教育ばかりである。
だから、英米流の高等教育が機能しないにもかかわらず、我が国の職人は世界一優秀である。
このような事情により、我が国は精神年齢12歳の大人の住む国となっている。
日本人には、世界観がない。世の中の良し悪しを見極める基準となるものがない。
だから、議論も出来なければ、団結もできない。無論、信頼も得られない。
日本人には現実を批判できない。ただ、恨み節がある。耐え難きを耐え忍び難きを忍んで努力している。
気真面目でおとなしい日本人が、にたにた笑っている英米人にいかにして付き合ってゆくかが国際社会における我が国の課題である。
国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しい。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。英語を実用の言語とすることが大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。
英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
> もはや日本では、まともなメディアはない。
> 救いなのは、こうして全く別の視点からの、海外の記事を、目にすることができるネットの存在である。
> 既存のメディアは上のような記事を書かれたことについて、どう感じるだろう。それとももはや、そのような基本的な倫理すら、捨て去ったのだろうか。
ニューズウィーク (Newsweek) の東京支局長・クリスチャン・カリル (Christian Caryl) は、’どうして日本の政治家はそれほど弱いのか’について書いている。真の問題は自民党であるという。
「日本では長い間、自民党以外に、政権の選択肢はないも同然だった。」と書いてある。
目先・手先のことのみを述べる自民党と空理空論を述べる社会党や共産党では政権の選択肢はないということであろう。
英文和訳は、学問には向かない。時制のある英語の内容を時制のない日本語に訳せば、当然のことながら、意味のないものになる。
現実と考え (非現実) を区別することなく主張すれば、空理空論となる。未来時制の内容は、この世の嘘・偽りとなる。
未来時制の内容は、個人個人で違う。だから、その個人的な違いを基にして議論ができる。
現実構文・現在時制の内容ばかりでは、誰もが一致する。一致しなければ、事実関係調べとなる。
丸暗記と受け売りは子供の勉強である。
大人の勉強は、過去時制と未来時制の空白の世界を自分自身で満たしてゆくことである。
これは、哲学である。自分自身で考えることである。
だがしかし、日本語脳には、事実 (現実) と考え (非現実: 遠い未来) の内容を分けて保持する能力がない。
日本語で話す英米流高等教育はなりたたない。
せっかく教育制度を作っても、無哲学・能天気の人たちには、高等教育機関で教える内容がない。
これは、英米の大学が哲学博士 (Doctor of Philosophy: Ph. D.) の牙城をなしているのと対照的である。
大学人は空理空論を語るしかないので、日本の大学は学歴があって教養がない曲学阿世の輩を増やす結果になっている。
このような議論は、ああいえばこういうといった不毛の議論となって、誰もが望まないものとなる。
「議論をすれば、喧嘩になります」という。
こうした特殊能力が得られたのも、我が国の高等教育のおかげであると得意になっている人もいるかもしれない。
我が国に活用されているのは、実社会の中の実学 (技術) 教育ばかりである。
だから、英米流の高等教育が機能しないにもかかわらず、我が国の職人は世界一優秀である。
このような事情により、我が国は精神年齢12歳の大人の住む国となっている。
日本人には、世界観がない。世の中の良し悪しを見極める基準となるものがない。
だから、議論も出来なければ、団結もできない。無論、信頼も得られない。
日本人には現実を批判できない。ただ、恨み節がある。耐え難きを耐え忍び難きを忍んで努力している。
気真面目でおとなしい日本人が、にたにた笑っている英米人にいかにして付き合ってゆくかが国際社会における我が国の課題である。
国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しい。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。英語を実用の言語とすることが大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。
英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
これは メッセージ 59789 (qrax2013 さん)への返信です.