Re: 日本のために頑張ってきた人々の取る道
投稿者: noga13391jp 投稿日時: 2009/09/02 06:55 投稿番号: [59511 / 73791]
shinacyonnashiさん、今日は。
> 日教組反日洗脳教育、日本を売り渡す反日防衛政策、日本を支那チョウセンに明け渡す入国管理法改悪、支那チョウセンに媚びへつらい、拉致を無視する土下座外交、など、叩きどころは無数にあります
曲学阿世とは、真理をまげて世の人の気に入るような説を唱え、時勢に投じようとすることである。
真理は考えの中にある。だが、日本人には考えの内容がない。
日本語脳の中では、現実と考え (非現実) の区別が付かないからである。
「あるべき姿」を未来時制で表し、「今ある姿」を現在時制で表せば、現実と考え (非現実) の区別が付けられる。
だが、日本語には時制がない。現実と非現実の内容を区別することなく語れば、それは空理空論となる。
だから、日本の知識人には価値がない。
「あるべき姿」を自己の基準に立てて「今ある姿」を評価すれば、現実批判ができる。自己判断ができる。
「あるべき姿」を示すことなく「今ある姿」だけを述べていれば歌詠みになる。
これは、「世の中は、、、、」といった浪花節的な発言形式でもある。
「それで、どうした」の問いには、答えが出せない。思慮がないということである。
子供の勉強は、丸暗記と受け売りである。それ以上のものは期待できない。
無哲学・能天気の大学人にも、これ以上のものは出て来ない。それで、学生は12歳の大人にとどまる。
英文和訳を使った英米文化の輸入は、拙い考えの改善には役立たない。
英語で書かれた「あるべき姿」の内容は、全てこの世の嘘・偽りとなる。我が国におけるキリスト教のようなものか。
子供の勉強には、限界がある。それでも、序列作りには役に立つ。
教師は、教科における個人格差の検出に追い立てられている。
かくして、序列人間の社会ができあがる。
序列があれば、派閥が作りやすい。構成員が無哲学・能天気であることは、問題にされていない。
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これは メッセージ 59501 (shinacyonnashi さん)への返信です.
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