いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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朝鮮戦争前夜の政情を見る

投稿者: junbanhoo 投稿日時: 2006/11/03 14:02 投稿番号: [5869 / 73791]
朝鮮国内では、少なくとも戦時中の報道による情報だけでは敗戦がそのまま植民地からの解放を意味すると考える余地がなかったにもかかわらず、玉音放送によって「解放」のニュースがすぐに飛び交った。これに対して朝鮮人の対応は早かった。

国内では、呂運亨らによって建国準備委員会が結成され、超党派による建国準備を目指した。これに釈放された政治犯たちが加入した。政治犯の多くは共産主義者であり朝鮮共産党の中核を担うメンバーも含まれていたため建国準備委員会は左傾化していった。これに対抗する右派のなかでは宋鎮禹が湖南財閥をバックに代表的な存在になった。にもかかわらず建国準備委員会は朝鮮においてもっとも広く組織された団体だった。

建国準備委員会は9月6日に朝鮮人民共和国の成立を宣言した。しかし、その後、建国準備委員会内部においても意見と足並みの乱れが目立った。李承晩が反共姿勢を鮮明にして朝鮮人民共和国主席への就任を拒否し、またアメリカ軍政が人民共和国を承認しない意思を早々に明らかにしたことが決定打となって、人民共和国は空中分解し解消された。

建国準備委員会が、実際に果たした役割については諸説ある。日本が朝鮮支配から撤退したあとに行政機構として機能したとする者もいれば、ある日突然当事者とされたことに対応してできた組織であることを強調し実際に朝鮮人民の意思は反映されなかった点を強調する者もいる。

38度線以北では関東軍の壊走によってソ連の進駐が予定よりも早く進んだ。各地で自発的に生まれたと言われている人民委員会は早々にソ連軍によって接収された。ソ連の進駐が早すぎたせいで、38度線は降伏受諾線ではなく分割占領線となった。北部でも、朝鮮人運動にはさまざまな潮流があったと言われているが詳しいことはわかっていない。

このようにして朝鮮国内の足並みがそろいきっていないなかに、アメリカに亡命していた李承晩や、重慶に亡命してた大韓民国臨時政府、金日成をはじめとする満州抗日パルチザン出身の金日成たちなど、さまざまな亡命者が帰国してきた。これが決め手となって占領軍政下・南北朝鮮の政治情勢は大混乱に陥った。左右対立の激化は南北の分断の一因にもなり、特にソウルで朝鮮人の意思を糾合することをますます難しくした。

その後、信託統治案を巡る左右対立に、米ソの対立も反映され、結果的には、米軍占領下ではアメリカが推す李承晩を中心とした政権と李承晩の権力基盤が作られ、その他の潮流は排除された。ソ連軍政下でもソ連が推す金日成がトップにすえられ、多数を占める国内にいた共産主義者たちは時間をかけて排除されていった。このようにして、両大国の占領軍によって「建国」は主導されていった。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%A6%E4%BA%89

共産主義者たちは北と結びつき現在も地下活動を続けている。
共産主義者による民族統一は企業を追い出した現在すでに目前。
労働者だけの国作り歴史を目指し逆走する朝鮮民族。
自己主張の強い、良し悪しを考える余裕のない民族の特徴が出ています。
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