いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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Re: 朝鮮の土地調査 - 中央日報記事の怪

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/06/20 22:03 投稿番号: [57169 / 73791]
投稿者:拓

朝鮮総督府幹部であった人物からの反論<続き>:

土地公有制の残滓と認められる現象の例をあげてみると、河川敷地や路傍の空き地などの公共用地に、勝手に家を建てて住居する習慣がある。これを放っておくと、いつのまにか多数の住居ができ、大きな部落になるほどである。それらの人々は、国や地方公共団体の所有権を侵している意識はないのだ。個人には土地私有権があっても、国や公共団体には個人の有するような意味の土地所有権はないのだという考えが無意識に働いている。又民有でない原野、荒蕪地、草生地、沼沢、干潟の類、勝手に開墾しても、牧場にしても、宅地にしても、差し支えないという習慣があった。韓国政府は光武十一年(1907、明治40年)法律を発布し、これらの未墾地の開墾等は、予め貸付の許可を受けたものでなければ事業成功しても所有権を与えぬことにしたけれども、なお三町歩未満未墾地については、旧慣どおり勝手に利用してもよいとしたほどである。
山林には無主公山という考え方があった。
個人の所有でない山林は、永年禁養(他人の伐採を禁じ、自ら樹木を育てる)すれば、その山林は禁養者のものになるという習慣である。
いわゆる火田民が国有の山林を焼いて開墾耕作するのも、同じような考えから来ていると思う。
鬱蒼たる広大な美林が一夜にして姿を消してしまう弊害は、北鮮で特に甚だしかった。近代的土地制度が確立してからは、こういうことは法律上認められぬことになったのである。これをもって、広大な土地が農民から取り上げられたとするならば、それは大変な誤解であると、いわなければならない。

なお最後に特記しておきたい事項は、明治43年(1910)から大正7年(1918)にわたる長期の土地調査事業が、何らの波瀾なく遂行せられたことである。
これは、旧来の土地制度の紊乱と官権の濫用との結合に基づく重圧に喘いでいた農民が、土地調査によりこの重圧の境地から離脱できることに、大きな期待を寄せていたことを意味し、一般農民は土地調査の結果について、最初は多少の危惧も合ったが、土地調査の趣旨を諒解するに及んで、概ね安堵してこれを迎えたと見るのが妥当であろう。
現に土地調査終了の翌年に勃発したいわゆる三一騒擾においても、私の記憶に誤りなければ、騒擾後総督府が、従前の施政に対する民衆の意向を調査したときには、土地調査の結果たる土地私有権の公認や、税制の整備などに関する不平不満はなかったのである。
http://blog.livedoor.jp/tkknrak/archives/cat_1517768.html


結果、わずか36年間の日本統治で朝鮮半島の人口は2倍に増えた。これは朝鮮半島における社会基盤の充実に加え、産業農業の発展と共に若者は結婚して家庭を築けるまでに豊かになった証明に他ならないと考えます。ちなみに李氏朝鮮王朝下の約500年間では、総人口に大幅な変化がない。一向に増えなかった。普通、人口は文化文明の発展と共に時代と共に増え続けるものですが..。今の北朝鮮も人口が増えないですね(苦笑

韓国では、日本が朝鮮を植民地として収奪したとの認識主張が主流ですが、統治の朝鮮総督府の税収は、半島公務員給料の10分の1にしか過ぎなかった。すべては、日本本土からの持込であったことが証明できます。

中央日報さん、これをぜひ記事にしてくれませんか?   大スクープですよ(笑
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