Re: 鉄器先進国・日本
投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2009/06/03 16:46 投稿番号: [56476 / 73791]
>琉球が薩摩に占領された時代に琉球には製鉄技術が無かったとは歴史が証明しているがwww
>仮に南方から日本に伝わったものなら当然沖縄にも伝わっていたと考えられるがねwww
考古学者の書見を無視して、ド素人が何を妄想しているのか(笑)。
日本本土にはヤンバルクイナがいないから、沖縄の人々は日本人じゃないと言っているに等しい(笑)。
>蒙古軍団が鋼の剣で連勝したことも歴史で証明されている
初耳だな(笑)。もっと詳しくその「鋼の剣で連勝した」という史料を是非読ませて欲しい。
俺は常識がないので朝鮮人の歴史書は読んだことがないから・・・蒙古軍(大半は朝鮮人)が、鎌倉武士の果敢で勇猛な攻撃にろくな反撃も出来ず、怯えて逃げ惑い水際から一歩も上陸しないまま、2ヶ月以上船上で怯えて夜営し、挙句の果てに海の藻屑となったことしか知らない(笑)
>日本に製鉄技術が伝えられたと考えるのが一般的ではないかな?
それは否定しない。単に朝鮮より早いだけだから(笑)。
逐一説明するのもウザッタイから、『東アジアの初期鉄器文化』を購入して詳しく読んでから返答してくれ(笑)。
潮見浩『東アジアの初期鉄器文化』・・・参考文献
『朝鮮には,まず紀元前3世紀ごろに鉄器が流入する。それは,中国の東北部からもたらされたものと思われる。その後,漢代の楽浪郡の設置以後に,その鉄器文化の影響を受け,朝鮮独自の青銅器類が鉄器にとってかわられる。
日本への鉄器の流入は,すでに,弥生時代の初頭から始まっていたとみられる。熊本県斉藤山遺跡からは,中国では戦国時代から前漢代にみられるものと同様な形制をとる鉄斧が出土しており,それは最古の弥生式土器である板付 I 式土器と共伴している。その他にもいくつかの弥生時代前期の遺跡で鉄器の出土が知られている。ただし,この時期には,実用利器としてはまだ石器が主流であったと考えられる。また,分布地域は西日本に限られる。弥生時代中期以降は,鉄器の分布はさらに広がり量的にも前期を大きくうわまわる。鉄器の生産は,九州では中期の前葉からはじまったと考えられる。しかし,いまだに石器が実用具の主流を占めていた。弥生時代後期には,鉄器の出土例は激増する。特に,西日本では石器類が姿を消し,実用利器が鉄器に交替したことが推察される。古墳時代前期には,古墳から多量の鉄器が出土し,一方では住居から出土する場合はまれであり,鉄器の集中所有化がうかがわれる。弥生時代後期における鉄器の普及は,生産力の進展とともに,階級の分化・首長層の成立の基盤となった。後期には,鉄器の大量副葬はみられないが,各地に築造された多数の古墳には鉄刀・鉄鏃などが普及しており,住居からも農工具の出土が増える。鉄生産の各地への拡大が予想される。』
これは メッセージ 56474 (clear_niner さん)への返信です.
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