君達には、ちょっと難しいかなぁ?
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/11/01 05:36 投稿番号: [5633 / 73791]
戦後日本人は、アメリカ的個人主義と民主主義の価値観の中で、民族的な共同体の構築を禁止され続けてきました。その結果が、生の充実感とアイデンティティーを見失った多くの日本人の出現と空虚感に任せての生命を軽視した犯罪です。
したがって、今こそ君達は民族としての誇りに目覚め、民族共同体を再建しなければならないのです。そのためには、アメリカから押し付けられた価値観を拒否し、君達の眼で正しい歴史を構築しなければなりません。正しい歴史観を今一度立て直すことが重要なのです。
アメリカの生徒は、アメリカを誇りを持って語ることができるという。中国の生徒は自信を持って中国を語ろうとする。ところが日本の生徒は、日本を語ろうとしない、語ることができないのではないかといわれる。
なぜか。
アメリカの生徒は、アメリカに身を置き、自らの身の回りの具体的な問題について、その解決の方策を考える訓練、教育を受けているといわれる。中国では、自国の現状や状況を価値判断の基準として、問題解決にあたる明確な教育が行われているといわれる。
それら現状認識の価値観の善し悪しは別として、明確な方針のもとに教育が行われているのは事実であろう。それに比して、日本はどうか?
日本人としてのアイデンティティ を考慮しようとしない。つまり、日本人としての感性に裏づけられた思考の訓練がなされていないのではないか。
どこの国の教科書かわからないような教科書をつかって歴史を「教えよう」としているのであれば、当然の帰結とも言える。民族の、日本人としての営みの中で培われてきた「文化」とか「伝統」というものに裏打ちされた歴史を語り、考えていかない限り、日本の生徒は日本を語ることができないのではないだろうか。
どうしてそんなことになってしまうのだろうか。それは戦後の歴史学が、戦前のそれへの反発から、極端な特定のイデオロギーに支配されてしまったというのが一つの大きな要因と言えるだろう。つまり、科学的であると称して、唯物史観でみる歴史が正しいのだとの考え方がその主流を占めてきたのである。それがそのまま、歴史教育の場に持ち込まれてしまったのであるから、その弊害は甚大で、このために日本の生徒は日本を語ることができなくなってしまったのである。
わかったね。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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