「議長国が無能すぎるから変えよう」
投稿者: aopbnwat 投稿日時: 2009/04/23 09:43 投稿番号: [54231 / 73791]
北朝鮮は最近、ますます過激になってきている。「6カ国協議には二度と参加しない…(6カ国協議
の)どの合意にも拘束されないだろう…寧辺の核施設を原状回復し、自衛的核抑制力を強化してい
く」。北朝鮮外務省は14日午前、声明でこのように宣言した。そして、ついには「南朝鮮(韓国)が大
量破壊兵器拡散防止構想(PSI)に参加するなら宣戦布告と見なす」「ソウルは休戦ラインから50キ
ロしか離れていないということを忘れるな」などと言いたいだけ言い放った。
北朝鮮が「言葉の十字砲火」を浴びせるのを横目に、中国の方に目をやると、こちらは息が詰ま
るほどイライラすることばかり言っている。「関連当事国は大局を念頭に、冷静さと克己と自制を保
つのが国際社会の共同利益にかなうことを知っていてほしい」。北朝鮮外務省が6カ国協議に二度
と参加しないという声明を出した日の午後、中国外務省の姜瑜副報道局長が発した言葉だ。あちこ
ちに当たりまくる北朝鮮に向けた言葉と言うよりも、そんな北朝鮮を後ろにかくまい、「万一でも国際
社会が制裁を行うことがあってはならない」と両腕を広げ、防ごうという姿勢だ。
ここでわたしたちは、もしかしたら北朝鮮が飛び出してしまうかもしれないという6カ国協議につい
て考え直してみたい。北朝鮮は1993年に続き、2003年にも核拡散防止条約(NPT)から脱退した後
、核兵器保有宣言をして国際社会を驚かせた。そして、これが契機になり、同年8月に北京で最初
の6カ国協議が開かれた。当時、北朝鮮は米国との2国間交渉を主張したが、中国外務省の戴秉
国副長官が間に入り、ワシントンと平壌を往復しながら米朝中に韓日露を加えた多国間会談に発
展させた。
そのようにして始まった6カ国協議が第1回から第6回まで、また1回の協議に複数の会合を経る
形で6年近く続くうち、北朝鮮は文字通りやりたい放題やってきた。2004年9月には6カ国協議不参
加宣言を行い、05年10月に核兵器保有を発表、06年7月には長距離ミサイル「テポドン1号」を試験
発射した。その年の10月にはついに地下核実験を実施、今度は3000キロ以上も飛ぶ飛翔(ひしょ
う)体の発射実験も行った。北朝鮮の核問題を解決するために開催されてきた6カ国協議がすでに
失敗していることは明白だ。
6カ国協議が開催されている間、中国のテレビやラジオは朝から晩まで、会談が行われている釣
魚台迎賓館にある芳菲園の六角形の会談会場から全国に生中継したり、解説したりと大忙しにな
る。テレビやラジオでその様子を知った中国人たちは感激する。そして、「わが中国は世界の平和
と安定のために大きな役割を果たしている」と言う。その会談で話し合われている内容が何なのか
は難しくてよく分からない様子だが、会談会場である芳菲園は今や観光コースになっている。中国
各地から上京してきた教師や学生は六角形の会談会場を見物し、喜ぶ。会談は失敗したが、会場
は有名になり、中国政府は国内外に「平和の生産者」というイメージを広めるのに成功した。
さあ、今や韓国も冷静に考えるべきだ。6カ国協議が行われていた間、北朝鮮に対する韓国の安
全保障担保能力と軍事的制御能力が衰える一方だったという事実について考えてみよう。6カ国協
議はまるで「シーシュポスの岩」(「さいの河原」のように、岩を山に押し上げても転がり落ちるという
果てしない苦行)のように、少し押し上げてははるか下に落ちるという作業を繰り返してきた。「中国
がやったことだ」と言って、ふて腐れている北朝鮮をやっとのことで6カ国協議の会場まで呼び戻し
たことがすべてだ。こうなれば、韓国は次の通り大声を上げてもいい時が来たのではないかと思
う。「6カ国協議には二度と行かない」「議長国が無能すぎるから変えよう」。一度くらいこう言い放っ
てみてはどうだろうか。
>この威勢の良さは、日本も見習った方が良い?
の)どの合意にも拘束されないだろう…寧辺の核施設を原状回復し、自衛的核抑制力を強化してい
く」。北朝鮮外務省は14日午前、声明でこのように宣言した。そして、ついには「南朝鮮(韓国)が大
量破壊兵器拡散防止構想(PSI)に参加するなら宣戦布告と見なす」「ソウルは休戦ラインから50キ
ロしか離れていないということを忘れるな」などと言いたいだけ言い放った。
北朝鮮が「言葉の十字砲火」を浴びせるのを横目に、中国の方に目をやると、こちらは息が詰ま
るほどイライラすることばかり言っている。「関連当事国は大局を念頭に、冷静さと克己と自制を保
つのが国際社会の共同利益にかなうことを知っていてほしい」。北朝鮮外務省が6カ国協議に二度
と参加しないという声明を出した日の午後、中国外務省の姜瑜副報道局長が発した言葉だ。あちこ
ちに当たりまくる北朝鮮に向けた言葉と言うよりも、そんな北朝鮮を後ろにかくまい、「万一でも国際
社会が制裁を行うことがあってはならない」と両腕を広げ、防ごうという姿勢だ。
ここでわたしたちは、もしかしたら北朝鮮が飛び出してしまうかもしれないという6カ国協議につい
て考え直してみたい。北朝鮮は1993年に続き、2003年にも核拡散防止条約(NPT)から脱退した後
、核兵器保有宣言をして国際社会を驚かせた。そして、これが契機になり、同年8月に北京で最初
の6カ国協議が開かれた。当時、北朝鮮は米国との2国間交渉を主張したが、中国外務省の戴秉
国副長官が間に入り、ワシントンと平壌を往復しながら米朝中に韓日露を加えた多国間会談に発
展させた。
そのようにして始まった6カ国協議が第1回から第6回まで、また1回の協議に複数の会合を経る
形で6年近く続くうち、北朝鮮は文字通りやりたい放題やってきた。2004年9月には6カ国協議不参
加宣言を行い、05年10月に核兵器保有を発表、06年7月には長距離ミサイル「テポドン1号」を試験
発射した。その年の10月にはついに地下核実験を実施、今度は3000キロ以上も飛ぶ飛翔(ひしょ
う)体の発射実験も行った。北朝鮮の核問題を解決するために開催されてきた6カ国協議がすでに
失敗していることは明白だ。
6カ国協議が開催されている間、中国のテレビやラジオは朝から晩まで、会談が行われている釣
魚台迎賓館にある芳菲園の六角形の会談会場から全国に生中継したり、解説したりと大忙しにな
る。テレビやラジオでその様子を知った中国人たちは感激する。そして、「わが中国は世界の平和
と安定のために大きな役割を果たしている」と言う。その会談で話し合われている内容が何なのか
は難しくてよく分からない様子だが、会談会場である芳菲園は今や観光コースになっている。中国
各地から上京してきた教師や学生は六角形の会談会場を見物し、喜ぶ。会談は失敗したが、会場
は有名になり、中国政府は国内外に「平和の生産者」というイメージを広めるのに成功した。
さあ、今や韓国も冷静に考えるべきだ。6カ国協議が行われていた間、北朝鮮に対する韓国の安
全保障担保能力と軍事的制御能力が衰える一方だったという事実について考えてみよう。6カ国協
議はまるで「シーシュポスの岩」(「さいの河原」のように、岩を山に押し上げても転がり落ちるという
果てしない苦行)のように、少し押し上げてははるか下に落ちるという作業を繰り返してきた。「中国
がやったことだ」と言って、ふて腐れている北朝鮮をやっとのことで6カ国協議の会場まで呼び戻し
たことがすべてだ。こうなれば、韓国は次の通り大声を上げてもいい時が来たのではないかと思
う。「6カ国協議には二度と行かない」「議長国が無能すぎるから変えよう」。一度くらいこう言い放っ
てみてはどうだろうか。
>この威勢の良さは、日本も見習った方が良い?
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.