歴代日本人校長をHPに掲載で論議
投稿者: aopbnwat 投稿日時: 2009/04/14 09:16 投稿番号: [53642 / 73791]
大田高校、歴代日本人校長をホームページに掲載で論議
(聯合ニュース 韓国語 2009/04/13)
大田高校が、日帝強占期に設立された前身の官立大田中学校の日本人校長たちを、学校ホームページに掲載して論議がおきている。
13日、大田高校の学生と父兄、同窓らによれば、大田高校は前身の官立大田中学校の日本人校長10人を、学校ホームページの歴代校長欄にそのまま掲載している。
これらは、1917年4月に赴任した初代'関本幸太郎'校長から、1945年8月15日の解放直前まで在職した計10人の日本人校長たちだ。
官立大田中学校は、1917年4月に朝鮮総督府が大田に滞留中の日本人の子供の教育のために設立した、日本人学生が中心の5年制学校だった。その後、1950年5月の学制改編により、大田高校と大田中学校にわかれた。
だが、これら2つの学校が官立大田中学校を学校の根源として、日帝治下の日本人校長たちまで『師』として受け入れる事態が起こっているのだ。
これに対して、一部の同窓たちは「恥ずかしい歴史も歴史」という見解を出しているが、在学生や一般の人たちにまで公開される学校ホームページに日本人校長の写真を載せて広報する必要があるのか、との批判的な声が出ている。
特に、日帝が韓国強占期に民族教育抹殺と愚民化・皇国臣民化政策などを展開してきたし、その先鋒に日本人校長たちがいたという点を勘案して「不適切だ」という見解が多い。
大田高校のある同窓生は「母校のホームページに入って、歴代校長欄に日本人校長たちの写真が収録されているのを見て驚いた」として「学校の正統性を確立するためにもこれを再考しなければならないだろう」と主張した。
父兄たちの中にも「学校の歴史を増すために、恥ずかしい日帝当時の学校の歴史まで編入したら学生たちにどうやって正しい歴史観を教えることができるのか」と指摘した。
一方、他の同窓生は「恥ずかしい歴史も歴史」として「日帝残滓としてむやみに無くすことに汲々するより、歴史は歴史通りに受け入れて学生たちのための教育資料として活用することを苦慮しなければならない」と話した。
大田高校は、1917年の官立大田中学校から計算して開校92年の歴史を持ち、今年89回卒業生を輩出することになる。
だが、1950年の学制改編により大田中学校・高校にわかれた5月25日を開校記念日としている。
この学校の同窓生(45回)でもある朴大範 大田高校長は「この問題は見る観点により違いが生じるもので、すでに同窓会でも賛否論議があった」として「学校構成員と同窓会次元でのより深い議論がさらに必要だ」と話した。
教育界のある関係者は「大田高校だけなく、いわゆる日帝強占期に設立された歴史の長い全国の他の学校も事情は同じである」としながら「日帝と断絶して学校の正統性を確立する真剣な議論をしてみる必要がある」と話した。(機械翻訳 若干修正)
>この大田高校は、日本政府が設立したという事のようで、そうならば当然最初の頃の校長が日本人であっても、何ら問題は無いはずである。
それを消すと言う事になると、この大田高校を日本政府が作ったという歴史的事実を抹殺する事になりかねず、これこそ歴史のねつ造である。
どうせ恨むなら、この当時このような学校を設立出来なかった当時の朝鮮政府を恨め。
(聯合ニュース 韓国語 2009/04/13)
大田高校が、日帝強占期に設立された前身の官立大田中学校の日本人校長たちを、学校ホームページに掲載して論議がおきている。
13日、大田高校の学生と父兄、同窓らによれば、大田高校は前身の官立大田中学校の日本人校長10人を、学校ホームページの歴代校長欄にそのまま掲載している。
これらは、1917年4月に赴任した初代'関本幸太郎'校長から、1945年8月15日の解放直前まで在職した計10人の日本人校長たちだ。
官立大田中学校は、1917年4月に朝鮮総督府が大田に滞留中の日本人の子供の教育のために設立した、日本人学生が中心の5年制学校だった。その後、1950年5月の学制改編により、大田高校と大田中学校にわかれた。
だが、これら2つの学校が官立大田中学校を学校の根源として、日帝治下の日本人校長たちまで『師』として受け入れる事態が起こっているのだ。
これに対して、一部の同窓たちは「恥ずかしい歴史も歴史」という見解を出しているが、在学生や一般の人たちにまで公開される学校ホームページに日本人校長の写真を載せて広報する必要があるのか、との批判的な声が出ている。
特に、日帝が韓国強占期に民族教育抹殺と愚民化・皇国臣民化政策などを展開してきたし、その先鋒に日本人校長たちがいたという点を勘案して「不適切だ」という見解が多い。
大田高校のある同窓生は「母校のホームページに入って、歴代校長欄に日本人校長たちの写真が収録されているのを見て驚いた」として「学校の正統性を確立するためにもこれを再考しなければならないだろう」と主張した。
父兄たちの中にも「学校の歴史を増すために、恥ずかしい日帝当時の学校の歴史まで編入したら学生たちにどうやって正しい歴史観を教えることができるのか」と指摘した。
一方、他の同窓生は「恥ずかしい歴史も歴史」として「日帝残滓としてむやみに無くすことに汲々するより、歴史は歴史通りに受け入れて学生たちのための教育資料として活用することを苦慮しなければならない」と話した。
大田高校は、1917年の官立大田中学校から計算して開校92年の歴史を持ち、今年89回卒業生を輩出することになる。
だが、1950年の学制改編により大田中学校・高校にわかれた5月25日を開校記念日としている。
この学校の同窓生(45回)でもある朴大範 大田高校長は「この問題は見る観点により違いが生じるもので、すでに同窓会でも賛否論議があった」として「学校構成員と同窓会次元でのより深い議論がさらに必要だ」と話した。
教育界のある関係者は「大田高校だけなく、いわゆる日帝強占期に設立された歴史の長い全国の他の学校も事情は同じである」としながら「日帝と断絶して学校の正統性を確立する真剣な議論をしてみる必要がある」と話した。(機械翻訳 若干修正)
>この大田高校は、日本政府が設立したという事のようで、そうならば当然最初の頃の校長が日本人であっても、何ら問題は無いはずである。
それを消すと言う事になると、この大田高校を日本政府が作ったという歴史的事実を抹殺する事になりかねず、これこそ歴史のねつ造である。
どうせ恨むなら、この当時このような学校を設立出来なかった当時の朝鮮政府を恨め。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.