日韓の市場価値 長期スパンで考えよ
投稿者: manila_rendezvous 投稿日時: 2009/03/23 02:15 投稿番号: [52586 / 73791]
単に物だけで無く、企業、学校、そして国家等々のブランド化を図ることは容易ではありません。それは一重に短期間で成し遂げられるものではありませんし、不断の努力と継続性が求められるからです。これからの時代、企業にしてもブランド化は欠かせません。私自身、学生時代からこの30年間東南アジアを中心に南アジア、中国、旧ソ連と旅行や仕事を通して関わってきました。日本製品(日本メーカーの製品)は現在、間違いなく、車でも、電気製品でも、世界中どこでも1流品として認識されており、一つのブランド化を確立したと思われます。
しかしながら、そうなったのもつい、10年ちょっと前位のことだったと思います。お膝元の東南アジアでも20年以上前から日本車やナショナル、東芝が街中に溢れておりましたが、日本製品に対する評価は品質は良いが、決してあこがれの製品とは認識されておりませんでした。当時の東南アジアでは各家庭にTVも冷蔵庫もましてや車など普及しておらず、それらを個人で所有できる階層の家庭では、欧米に留学へ行くレベルの人たちで、彼らはベンツやワーゲン、電気製品ならばGEの冷蔵庫にフィリップスのTVと決まっておりました。
当時、バブルにより、日本の金がアジア中に溢れ、必然的に都市部において新しい階層が登場しました。彼らは比較的高学歴で旧態以前の自国の支配階層に対する不満を持ち、ITや創作活動に従事し、常に新しい感覚を自国に吹き込みました。彼らは当時の支配階層ほどの経済力はありませんでしたから、必然的に日本製品を購入しました。しかしながら、車でいえばいつかはクラウンではなく、いつかはベンツかBMWという人々が圧倒しておりました。あれから20年、旧支配階層の人々は、ベンツとともに、レクサスやアキュラに乗っており、今や国の中核となりつつある新興の階層の彼らは、相変わらずカローラやセンテラ(サニー)に乗り、いつかはレクサスやパジェロを買いたいと言っております。
これまでには、三菱やホンダはパリ・ダカラリーやF1参戦で好成績を残したことは非常に大きいことですが、何よりも日本製の物は技術が認められても、驕る事無く、30年間不断の技術革新と消費者のニーズを捉えるマーケティングを欠かさず行なったことが現在に繋がったと考えられます。良い例が、バブル崩壊後、97年のアジアを襲った通貨危機までの数年間、韓国企業がものすごい勢いで東南アジアを中心に、ロシアや中国に輸出攻勢を仕掛け、街中にKIAやLGの製品や看板が目に付くようになりましたが、現在、韓国製の車を殆ど見ませんし、電気製品もCMでは盛んに宣伝し、液晶TVだけはショウウインドウに元気に並んでおりますが、先日行った上海のデパートではどこでも、2年前までサムソンとLGが正面入り口に飾ってあったものが、現在、パナソニックとシャープが飾られておりました。北京や長春のような田舎の低所得の都市では相変わらず韓国製品は幅を利かしているようですが、インドでもやがては同じ状況となると思われますし、韓国企業がいち早く進出したロシアでもそうなりつつあるのが現状です。
インドは70以上の国と150以上の言語が国内にあるような状況で、ITの街バンガロールや、デリー、カルカッタ、ボンベイのような近代都市でも、言語や文化、哲学が異なり、経済格差は中国など比べようもない程で当然、ビジネスのスタイルも異なります。たしかに即断即決はビジネスに必要と考えられますが、この国は何世紀にも渡って欧州が影響を与えてきたことはだてではありません。やはり欧州の製品は強く、ブラジルとともに、欧州のブランドは幅を利かせております。自動車のシェアでも、欧州や米国のブランドと共に、日本メーカーでは、バイク(オート三輪のような乗合タクシー)のエンジンで長年実績を積んだスズキが頑張っております。日本のメーカーは各社ともインドと次の大国ブラジルに対しては、地道に日本製の素晴らしさを売り込んでもらいたいと思います。
しかしながら、そうなったのもつい、10年ちょっと前位のことだったと思います。お膝元の東南アジアでも20年以上前から日本車やナショナル、東芝が街中に溢れておりましたが、日本製品に対する評価は品質は良いが、決してあこがれの製品とは認識されておりませんでした。当時の東南アジアでは各家庭にTVも冷蔵庫もましてや車など普及しておらず、それらを個人で所有できる階層の家庭では、欧米に留学へ行くレベルの人たちで、彼らはベンツやワーゲン、電気製品ならばGEの冷蔵庫にフィリップスのTVと決まっておりました。
当時、バブルにより、日本の金がアジア中に溢れ、必然的に都市部において新しい階層が登場しました。彼らは比較的高学歴で旧態以前の自国の支配階層に対する不満を持ち、ITや創作活動に従事し、常に新しい感覚を自国に吹き込みました。彼らは当時の支配階層ほどの経済力はありませんでしたから、必然的に日本製品を購入しました。しかしながら、車でいえばいつかはクラウンではなく、いつかはベンツかBMWという人々が圧倒しておりました。あれから20年、旧支配階層の人々は、ベンツとともに、レクサスやアキュラに乗っており、今や国の中核となりつつある新興の階層の彼らは、相変わらずカローラやセンテラ(サニー)に乗り、いつかはレクサスやパジェロを買いたいと言っております。
これまでには、三菱やホンダはパリ・ダカラリーやF1参戦で好成績を残したことは非常に大きいことですが、何よりも日本製の物は技術が認められても、驕る事無く、30年間不断の技術革新と消費者のニーズを捉えるマーケティングを欠かさず行なったことが現在に繋がったと考えられます。良い例が、バブル崩壊後、97年のアジアを襲った通貨危機までの数年間、韓国企業がものすごい勢いで東南アジアを中心に、ロシアや中国に輸出攻勢を仕掛け、街中にKIAやLGの製品や看板が目に付くようになりましたが、現在、韓国製の車を殆ど見ませんし、電気製品もCMでは盛んに宣伝し、液晶TVだけはショウウインドウに元気に並んでおりますが、先日行った上海のデパートではどこでも、2年前までサムソンとLGが正面入り口に飾ってあったものが、現在、パナソニックとシャープが飾られておりました。北京や長春のような田舎の低所得の都市では相変わらず韓国製品は幅を利かしているようですが、インドでもやがては同じ状況となると思われますし、韓国企業がいち早く進出したロシアでもそうなりつつあるのが現状です。
インドは70以上の国と150以上の言語が国内にあるような状況で、ITの街バンガロールや、デリー、カルカッタ、ボンベイのような近代都市でも、言語や文化、哲学が異なり、経済格差は中国など比べようもない程で当然、ビジネスのスタイルも異なります。たしかに即断即決はビジネスに必要と考えられますが、この国は何世紀にも渡って欧州が影響を与えてきたことはだてではありません。やはり欧州の製品は強く、ブラジルとともに、欧州のブランドは幅を利かせております。自動車のシェアでも、欧州や米国のブランドと共に、日本メーカーでは、バイク(オート三輪のような乗合タクシー)のエンジンで長年実績を積んだスズキが頑張っております。日本のメーカーは各社ともインドと次の大国ブラジルに対しては、地道に日本製の素晴らしさを売り込んでもらいたいと思います。
これは メッセージ 52503 (harehoreharehore さん)への返信です.