Re: 本を沢山読んでおくべきだったと言う後
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2009/03/01 10:14 投稿番号: [51058 / 73791]
crazykorean001さん、おはようございます。
>知識の使い方、組み合わせ方、推論の仕方は、本をいくら読んでも、身につかん。自分で知識を組み合わせ、推論して結論を出して確かめる経験を積ねればな。それを「自分で考える」と言うとる。
「自分で考える能力のない者」は、本に書いてることを信じ込み、確かめもせず、真似る<
そのとうりだと思います。
要は、
何のために読書をするか?
であって、
知識をたくさん得たい
ということでしたら、そしてそれがご自身の人生を豊かしてくれるとお思いになっているならば、それはそれで他人が口を挟む余地は無いのですが、それだけでは付加価値は何も生みませんよね(・0・)?
そいうった知識は、書籍やNetの「外部記憶装置」に保管されているわけで、その「フォルダ」や「filemane」さえ覚えておけばいつでも引き出せるんですよ。特に最近では優秀な検索インフラが整備されているので、「単なる知識」の必要性は、クイズ王を目指す人以外ますます少なくなってきたのではないでしょうか?
以前ここにも書いたことがあるいのですが、「知識」を「黒いスポット」に例え、「全ての知財」を「白いキャンバス」に例えましょうか?
今まで人類が生みだしてきた「黒いスポット」が「白いキャンバス」に描かれているわけです。人類がまだ知り得ていない知財も存在していて、そこは白いままになっているわけですね。
本を読んで知識を深め「黒いスポット」を把握・確認するだけでは、人類に新たな「知財」を生みだすことはできません。付加価値をつけていないことになります。日本のパクリ(劣化コピー)しかできない超汚染人と同じわけですね。
私達が目指すべきことは、「新しいスポット」を描くことであったり、「描かれたスポット間の相関性」を見いだすことでは無いでしょうか?
しかしながら、自分の脳の中にある「白いキャンパス」に、「黒いスポット」が全くない状況では、「新しいスポット」を描いたり、「描かれたスポット間の相関性」を見いだす行為も難しいと思います。逆に「黒いスポット」の数が多ければ多いほど、「スポット」間の距離は小さくなり、相関性を見いだしやすくなるものです。
本をたくさん読んで、知識を得るだけでは全く付加価値を生みませんが、これは知識間のネットワーク構築の助けにはなると思います。そしてバラバラだった「黒いスポット」の一部でも二次元的に捉えられるようになれば、その領域で「新しいスポット」を描くことも可能になるものです。これこそが「考える」ということだと思います。本を読むことは、「考える」行為をしやすくしてくれるわけですね。
つまり本を読む目的は、自分の思考や思考パターンをより高度に、多角的にすることだと私は思っています。また、自分が新たに描いた「黒いスポット」の正誤判断や白いキャンパスでの位置関係の確認にも役立つと思います。
さて、世の中には本など読まなくても素晴らしい業績を上げている人も多いかと思います。
人 類 が 全 く 踏 み 入 れ て い な い 領 域
・・・・・先駆者ですね。
何もないところに「黒いスポット」を描き続け、その相関性を見いだし、二次元ネットワークを構築していける人々です。
論理的思考や科学的な方法論を修得すれば、そのようなことが可能になるのです。
これを身につける教育機関が、大学であり大学院だと私は考えています。
>知識の使い方、組み合わせ方、推論の仕方は、本をいくら読んでも、身につかん。自分で知識を組み合わせ、推論して結論を出して確かめる経験を積ねればな。それを「自分で考える」と言うとる。
「自分で考える能力のない者」は、本に書いてることを信じ込み、確かめもせず、真似る<
そのとうりだと思います。
要は、
何のために読書をするか?
であって、
知識をたくさん得たい
ということでしたら、そしてそれがご自身の人生を豊かしてくれるとお思いになっているならば、それはそれで他人が口を挟む余地は無いのですが、それだけでは付加価値は何も生みませんよね(・0・)?
そいうった知識は、書籍やNetの「外部記憶装置」に保管されているわけで、その「フォルダ」や「filemane」さえ覚えておけばいつでも引き出せるんですよ。特に最近では優秀な検索インフラが整備されているので、「単なる知識」の必要性は、クイズ王を目指す人以外ますます少なくなってきたのではないでしょうか?
以前ここにも書いたことがあるいのですが、「知識」を「黒いスポット」に例え、「全ての知財」を「白いキャンバス」に例えましょうか?
今まで人類が生みだしてきた「黒いスポット」が「白いキャンバス」に描かれているわけです。人類がまだ知り得ていない知財も存在していて、そこは白いままになっているわけですね。
本を読んで知識を深め「黒いスポット」を把握・確認するだけでは、人類に新たな「知財」を生みだすことはできません。付加価値をつけていないことになります。日本のパクリ(劣化コピー)しかできない超汚染人と同じわけですね。
私達が目指すべきことは、「新しいスポット」を描くことであったり、「描かれたスポット間の相関性」を見いだすことでは無いでしょうか?
しかしながら、自分の脳の中にある「白いキャンパス」に、「黒いスポット」が全くない状況では、「新しいスポット」を描いたり、「描かれたスポット間の相関性」を見いだす行為も難しいと思います。逆に「黒いスポット」の数が多ければ多いほど、「スポット」間の距離は小さくなり、相関性を見いだしやすくなるものです。
本をたくさん読んで、知識を得るだけでは全く付加価値を生みませんが、これは知識間のネットワーク構築の助けにはなると思います。そしてバラバラだった「黒いスポット」の一部でも二次元的に捉えられるようになれば、その領域で「新しいスポット」を描くことも可能になるものです。これこそが「考える」ということだと思います。本を読むことは、「考える」行為をしやすくしてくれるわけですね。
つまり本を読む目的は、自分の思考や思考パターンをより高度に、多角的にすることだと私は思っています。また、自分が新たに描いた「黒いスポット」の正誤判断や白いキャンパスでの位置関係の確認にも役立つと思います。
さて、世の中には本など読まなくても素晴らしい業績を上げている人も多いかと思います。
人 類 が 全 く 踏 み 入 れ て い な い 領 域
・・・・・先駆者ですね。
何もないところに「黒いスポット」を描き続け、その相関性を見いだし、二次元ネットワークを構築していける人々です。
論理的思考や科学的な方法論を修得すれば、そのようなことが可能になるのです。
これを身につける教育機関が、大学であり大学院だと私は考えています。
これは メッセージ 51043 (crazykorean001 さん)への返信です.