Re: 当トピに巣食う・・・
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2009/02/28 11:39 投稿番号: [50956 / 73791]
and_so_on1さん、おはようございます。
>だからこそ勉強にもなるし、興味をかきたてられる分野を知ると、マジ自分も名もない私学でもいいから大学に行った方がいいのかと、最近思います。<
私は、「勉強のしかた」を学ぶところが大学だと思っています。「勉強のしかた」を知っている、あるいは身につけている人にとっては、大学にいかなくても同じようなことができると思います。
人から教えてもらわないと何もできない
このような人間は、自ら付加価値を生むことができません。
大学とは、(勉強のしかたを学ぶことにより)ある(未知の)課題が浮上した時に、それを解決する能力の基礎を身につける場・・・このように考えています。
大学院では、それよりさらに高度な素養が身に付きます。
修士課程では、問題を多角的に論理的・科学的に支障なく解決できる能力が身に付きますし、博士課程を終えるためには、それに加え新しい問題(テーマ)を自ら発見する能力が必要になります。
さて、以上のような「能力・素養」は、実は企業内での業務を通じても自然に身に付くものです。
1)指示された手順で間違いなく業務をこなす・・・これは教えられたことをそのまま行っているだけですから、「高校レベル」と言えます。
2)ある課題を上司から与えられ、上司のアドバイスを時々受けながら、主体性を持ち自ら考え課題をこなしていく・・・「大学レベル」です。
3)問題の本質を理解し、スケジュール管理と共に多角的かつ論理的な方法により問題を解決する・・・「修士レベル」ですかねぇ〜?
4)企業(あるいは企業の将来)にとって有益と思える大きな新規テーマ(場合によっては事業)を提案し、それを実現するための具体的方法の提案や、逆に撤退・中止の判断をする・・・「博士レベル」に相当すると思います。
2)以降は、いずれも教科書に掲載されていないことです。自らが問題解決のために調査したり実験したりして判断する必要があるわけです。
要するに、
問題発見能力や問題解決能力の基礎
を身につける場が大学であり、そのような能力は大学に行かなくても身に付くわけです。
学歴などがもてはやされているのは、霞ヶ関ぐらいのものだと思いますよ。
ただ、人間というのは置かれた環境や友人によって大きく影響を受けるものです。周囲に優秀な人がたくさんいると、
「オレもアイツに負けないようにがんばろう!」
とか、
「アイツを見習っていいところを吸収しよう」
とか考えるわけです。
いわゆる難関大学というのは、学生の母集団に対してそういう人間の割合が少々大きい傾向があるように感じます。ただそれだけのことですよ。
一番大切なことは、本人が「自らを向上させたいという意識」や「問題意識」があるかどうかだと感じています。そしてand_so_on1さんは、お話しを聞く限り、そのようなお考えをお持ちのようです。
今おいくつかは存じませんが、人生はまだ数十年残されているはずです。大学で系統的・網羅的に学ぶのもよろしいかと思いますが、日常の業務を通じて、直面する問題解決のためにその周辺領域を自ら勉強なさり、どんどん守備範囲を広げていった方が、はるかに生きた勉強になると思いますし、その方が人類の誰も思いつかなかった何かにつながるような気がします。
>だからこそ勉強にもなるし、興味をかきたてられる分野を知ると、マジ自分も名もない私学でもいいから大学に行った方がいいのかと、最近思います。<
私は、「勉強のしかた」を学ぶところが大学だと思っています。「勉強のしかた」を知っている、あるいは身につけている人にとっては、大学にいかなくても同じようなことができると思います。
人から教えてもらわないと何もできない
このような人間は、自ら付加価値を生むことができません。
大学とは、(勉強のしかたを学ぶことにより)ある(未知の)課題が浮上した時に、それを解決する能力の基礎を身につける場・・・このように考えています。
大学院では、それよりさらに高度な素養が身に付きます。
修士課程では、問題を多角的に論理的・科学的に支障なく解決できる能力が身に付きますし、博士課程を終えるためには、それに加え新しい問題(テーマ)を自ら発見する能力が必要になります。
さて、以上のような「能力・素養」は、実は企業内での業務を通じても自然に身に付くものです。
1)指示された手順で間違いなく業務をこなす・・・これは教えられたことをそのまま行っているだけですから、「高校レベル」と言えます。
2)ある課題を上司から与えられ、上司のアドバイスを時々受けながら、主体性を持ち自ら考え課題をこなしていく・・・「大学レベル」です。
3)問題の本質を理解し、スケジュール管理と共に多角的かつ論理的な方法により問題を解決する・・・「修士レベル」ですかねぇ〜?
4)企業(あるいは企業の将来)にとって有益と思える大きな新規テーマ(場合によっては事業)を提案し、それを実現するための具体的方法の提案や、逆に撤退・中止の判断をする・・・「博士レベル」に相当すると思います。
2)以降は、いずれも教科書に掲載されていないことです。自らが問題解決のために調査したり実験したりして判断する必要があるわけです。
要するに、
問題発見能力や問題解決能力の基礎
を身につける場が大学であり、そのような能力は大学に行かなくても身に付くわけです。
学歴などがもてはやされているのは、霞ヶ関ぐらいのものだと思いますよ。
ただ、人間というのは置かれた環境や友人によって大きく影響を受けるものです。周囲に優秀な人がたくさんいると、
「オレもアイツに負けないようにがんばろう!」
とか、
「アイツを見習っていいところを吸収しよう」
とか考えるわけです。
いわゆる難関大学というのは、学生の母集団に対してそういう人間の割合が少々大きい傾向があるように感じます。ただそれだけのことですよ。
一番大切なことは、本人が「自らを向上させたいという意識」や「問題意識」があるかどうかだと感じています。そしてand_so_on1さんは、お話しを聞く限り、そのようなお考えをお持ちのようです。
今おいくつかは存じませんが、人生はまだ数十年残されているはずです。大学で系統的・網羅的に学ぶのもよろしいかと思いますが、日常の業務を通じて、直面する問題解決のためにその周辺領域を自ら勉強なさり、どんどん守備範囲を広げていった方が、はるかに生きた勉強になると思いますし、その方が人類の誰も思いつかなかった何かにつながるような気がします。
これは メッセージ 50939 (and_so_on1 さん)への返信です.