いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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Re: ある女のウソ

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/27 11:13 投稿番号: [50837 / 73791]
朴永心(パク・ヨンシム)
1921.12.15生まれる
14歳の時、洋品店に奉公に出される。

1939.8月17歳の時、「お金を稼げるいい仕事がある」という日本人の巡査に騙されて南京市内の慰安所に入れられる。

1942年慰安所の主人と共にビルマ(※現ミャンマー)のラシオの慰安所に移り、しばらくして、さらに松山(※拉孟・中国雲南省)の慰安所に移る。松山にて中国兵の捕虜となる。

1942年に、シンガポールにて基地の世話や病院の手伝いをすると日本の官憲に騙された
    →   同女が朝鮮で騙されたのは1939年

「一七歳のときでした。一九三八年三月だったと思います。ある日、日本の巡査が軍服に帯剣のいでたちで洋服店に現れました。彼はいい金儲けの口があるが行かないかというので、そのままついて行きました。」

「17歳のある日のことだった。店に赤い帽子を被り黒い制服を着た、見るからに恐ろしい形相の日本人の巡査が現れた。「お金が稼げる仕事があるが、お前もいかないか」巡査の日本語は片言しか分からなかったが、稼ぎのいい仕事があるという誘いは、永心の心を動かした。腰に付けたサーベルは怖かったが、巡査が怖かったからついていったのではない。「お金が稼げる仕事がある」という言葉を信じたのだという。一九三九年八月のことだった。永心は同じ村の二十二歳の娘らと一緒に平壌駅に連れていかれたが、そこにはすでに十数名の娘たちが集められていた。巡査は娘たちを憲兵に引渡すと、そそくさと姿を消した」

「早くに母を亡くし、継母と炭鉱で働く父のもとで育った私は14歳の時、南浦市の洋服店で食事係として働いていた。1938年3月のある日、日本人巡査が店に来て、「いい仕事があるから紹介してやる」と言った。私は、「両親に聞かないといけない」と抵抗したが、無理やり車と汽車に乗せ、どこかに連れて行かれた。」
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