くそ爺早く死ね
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2009/02/24 21:49 投稿番号: [50583 / 73791]
>ま、結果論ではあるが、当時の日本の愚かなナショナリズムだな。頭に血が登った愚か者たちが多かったということじゃ。もちろん、このような輩は当時の日本のみならず米英にも多かった。そんな時代であったな。
愚かなナショナリズム?
第一世界大戦の時には日本にドイツ側に立って参戦を求めるドイツ人が日本の大使館を囲んでいたが。
参戦にいたる過程(1914年)
8月1日 午後5時ドイツ総動員指令
8月2日 午後7時対露宣戦布告 ドイツ、ベルギーに無害通行要求
8月3日 ベルギー、ドイツの要求を拒絶 ドイツ、対仏宣戦布告
イギリス駐日大使グリーン、東京にて加藤外相へ日英同盟の不適用を申しでる。
8月4日 ドイツ、対ベルギー宣戦布告 イギリス、対ドイツ最後通牒(ベルギーの中立尊重)手交するも午後12時回答なくイギリス対独宣戦布告
日本、局外中立を宣言
グリーン大使、香港と威海衛の防衛支援を要請
英外相グレイ、ロンドンにて日本駐英大使井上(勝之助)に日本の参戦不要を伝える。
シュペー艦隊(ドイツ太平洋艦隊)青島を出港。南太平洋へ
8月7日 グレイ外相、中国近海におけるドイツ仮装巡洋艦の捜査撃滅を依頼
日本、臨時閣議を開催、加藤外相のイギリス側にたち参戦の提案を可決、この際参戦範囲の限定を行わない方針でイギリスと交渉することとした。
8月8日 加藤外相、大正天皇に上奏。天皇は「諒闇中だから」「能く協議せよ」と述べた。
午後7時、拡大閣議を開催した。山縣、大山、松方の三元老が出席。元老側からイギリスの再度の意向確認と最後通諜の形式を取る事の条件が付されたが、参戦で可とされた。
シュペー艦隊ポナペ島を南下中との情報がはいる。
8月9日 グレイ、参戦の一時延期を要請
8月10日 加藤外相、グリーン大使に既に天皇の裁可をとっており急な変更は困難と説明。
8月11日 グレイ、日本の地域限定つきの参戦を認める方針を英国政府内に伝える。
これに対しチャーチル海軍相が猛反発、地域限定は戦友を失うことになる、と主張。
8月12日 グレイ、地域を中国沿岸に限って参戦要請をすることを井上大使に伝える。
8月13日 イギリス海軍より太平洋全水面での作戦協力の依頼があった。
グレイより最後通諜発行時、領土的な要求は含まないとの声明もあわせて出すことを条件に地域限定をしない全面参戦を支持すると通知があった。
8月14日 イギリス陸軍大臣キッチナーから陸軍大臣岡市之助へ「英国陸軍ガ勇敢ナル貴国軍ト行動ヲ共ニスルハ光栄ナリ」との電報
イギリス海軍大臣チャーチルから海軍大臣八代六郎へ「共通の大義にむかい共通の敵にたいし、勇敢にしてシーマンライクな日本海軍とともに戦うことを喜ぶ」との電報
8月15日 日本、青島撤退を主な条件とする最後通諜をドイツに交付
8月18日 シュペー艦隊マーシャル諸島、ヤップ島に集結
8月23日 日本、ドイツに宣戦布告
この問題の根本原因は自治領を抑えられないイギリス本国政府にある。またイギリスの日本参戦による陸戦における戦略性の無視は、看過できない。加藤高明が参戦を決めたとき、ベルリンでは日本大使館のまわりをドイツの側にたった参戦を求める市民のデモが埋めていた。
http://ww1.m78.com/honbun-2/japans%20participation%20to%20ww1.html
愚かなナショナリズム?
第一世界大戦の時には日本にドイツ側に立って参戦を求めるドイツ人が日本の大使館を囲んでいたが。
参戦にいたる過程(1914年)
8月1日 午後5時ドイツ総動員指令
8月2日 午後7時対露宣戦布告 ドイツ、ベルギーに無害通行要求
8月3日 ベルギー、ドイツの要求を拒絶 ドイツ、対仏宣戦布告
イギリス駐日大使グリーン、東京にて加藤外相へ日英同盟の不適用を申しでる。
8月4日 ドイツ、対ベルギー宣戦布告 イギリス、対ドイツ最後通牒(ベルギーの中立尊重)手交するも午後12時回答なくイギリス対独宣戦布告
日本、局外中立を宣言
グリーン大使、香港と威海衛の防衛支援を要請
英外相グレイ、ロンドンにて日本駐英大使井上(勝之助)に日本の参戦不要を伝える。
シュペー艦隊(ドイツ太平洋艦隊)青島を出港。南太平洋へ
8月7日 グレイ外相、中国近海におけるドイツ仮装巡洋艦の捜査撃滅を依頼
日本、臨時閣議を開催、加藤外相のイギリス側にたち参戦の提案を可決、この際参戦範囲の限定を行わない方針でイギリスと交渉することとした。
8月8日 加藤外相、大正天皇に上奏。天皇は「諒闇中だから」「能く協議せよ」と述べた。
午後7時、拡大閣議を開催した。山縣、大山、松方の三元老が出席。元老側からイギリスの再度の意向確認と最後通諜の形式を取る事の条件が付されたが、参戦で可とされた。
シュペー艦隊ポナペ島を南下中との情報がはいる。
8月9日 グレイ、参戦の一時延期を要請
8月10日 加藤外相、グリーン大使に既に天皇の裁可をとっており急な変更は困難と説明。
8月11日 グレイ、日本の地域限定つきの参戦を認める方針を英国政府内に伝える。
これに対しチャーチル海軍相が猛反発、地域限定は戦友を失うことになる、と主張。
8月12日 グレイ、地域を中国沿岸に限って参戦要請をすることを井上大使に伝える。
8月13日 イギリス海軍より太平洋全水面での作戦協力の依頼があった。
グレイより最後通諜発行時、領土的な要求は含まないとの声明もあわせて出すことを条件に地域限定をしない全面参戦を支持すると通知があった。
8月14日 イギリス陸軍大臣キッチナーから陸軍大臣岡市之助へ「英国陸軍ガ勇敢ナル貴国軍ト行動ヲ共ニスルハ光栄ナリ」との電報
イギリス海軍大臣チャーチルから海軍大臣八代六郎へ「共通の大義にむかい共通の敵にたいし、勇敢にしてシーマンライクな日本海軍とともに戦うことを喜ぶ」との電報
8月15日 日本、青島撤退を主な条件とする最後通諜をドイツに交付
8月18日 シュペー艦隊マーシャル諸島、ヤップ島に集結
8月23日 日本、ドイツに宣戦布告
この問題の根本原因は自治領を抑えられないイギリス本国政府にある。またイギリスの日本参戦による陸戦における戦略性の無視は、看過できない。加藤高明が参戦を決めたとき、ベルリンでは日本大使館のまわりをドイツの側にたった参戦を求める市民のデモが埋めていた。
http://ww1.m78.com/honbun-2/japans%20participation%20to%20ww1.html
これは メッセージ 50581 (k_g_y_007_naoko さん)への返信です.