日本の実力の一側面
投稿者: uberzeitgeist 投稿日時: 2009/01/16 20:48 投稿番号: [47665 / 73791]
NY連銀のすぐ近所、チェースマンハッタンビル60階に日銀と財務省は事務所を構えています。
主要国の中央銀行・財務省でNYに事務所を持っているところは他にありません。これは日本の実力を表すものではなく、その反対に弱さの現われです。
為替介入の決定権は財務省にあります。しかし、財務省は常に米国財務省と、日銀はNY連銀と、密接な連絡を取りながら介入を実施してきたのです。
かつてのドイツ財務省・ブンデスバンク、英国大蔵省・イングランド銀行は為替介入が必要と考えれば独自の判断で実施してきました。
この点が日本と決定的に異なります。これは何故か。私の考えでは三つの理由があります。
第一は、日本の1952年の国際社会への復帰は米国の後押しによってなされました。後押しの経済的内容は、米国が日本企業の米国市場への参入(輸出・投資)を認めたのに対し、日本は米国企業の参入(輸出・投資)に制限を設け、それを米国が黙認したことです。
50年代には米国市場に売るものはほとんどありませんでした。機械といえば柱時計ぐらいでした。ところが60年代中頃から輸出が伸びだし68年以降は恒常的に経常収支が黒字と化しました。
それでも日本は米国企業の日本市場の参入制限を続けました。これが問題となり政府間で協議が始まったのがレーガン政権第二期です。日米構造協議です。
米国企業に限らず外資の日本直接投資の比率は対GDP比で3%弱と日本は飛びぬけて低いのです。他の主要国は10%以上です。この点において日本は米国に負い目があるのです。
第二は、日本の防衛を担保してきたのは米国の軍事力です。ある時期から日本は日本独自の軍事力で日本防衛を行ってきました。
しかし、核の傘を提供しているのは米国です。米国が日本に圧力をかける場合の切り札が「米軍を撤退するぞ!」です。
日本は戦後一貫して防衛費はGDPに比し少ない額であり、その分を他の投資に回してきたのです。保守本流と言われる吉田路線です。
空母の母港が米国以外のあるのは横須賀だけです。他の空母10隻の母港はすべて米国です。もし日本から第7艦隊のプレゼンスがなくなるとしたら日本人及び中国指導部はどう考えるでしょう。日本人は不安でたまらなくなり中国指導部にとってこんないい話はありません。ここにも日本の負い目があります。
第三は、日本の金融論のレベルが極めて低いことです。昭和金融恐慌の研究者が一体何人いますか。何人かを除いてほとんどいません。それは何故か。
一つは日本の過去の統計があまりあてにならないこと。二番目の理由は、日本の経済学がかつてマルクス経済学に傾いていたため「恐慌→混乱→革命」という図式で恐慌が捉えられており学問的検証を怠ったため。
この点が英米の大恐慌研究とは大違いです。英米の研究者は何度も何度も違った観点から大恐慌を調べ尽くすのです。バーナンキ議長のような学究が輩出する所以です。
現在の日銀総裁は前任の福井・速水に較べれば幾分マシです。しかし、学究肌ではあっても真の学究ではありません。金融についての論議も日本の研究者レベルでは英米のプロに敵いません。学問・理論的裏づけが国際金融現象において弱すぎるのです。
主要国の中央銀行・財務省でNYに事務所を持っているところは他にありません。これは日本の実力を表すものではなく、その反対に弱さの現われです。
為替介入の決定権は財務省にあります。しかし、財務省は常に米国財務省と、日銀はNY連銀と、密接な連絡を取りながら介入を実施してきたのです。
かつてのドイツ財務省・ブンデスバンク、英国大蔵省・イングランド銀行は為替介入が必要と考えれば独自の判断で実施してきました。
この点が日本と決定的に異なります。これは何故か。私の考えでは三つの理由があります。
第一は、日本の1952年の国際社会への復帰は米国の後押しによってなされました。後押しの経済的内容は、米国が日本企業の米国市場への参入(輸出・投資)を認めたのに対し、日本は米国企業の参入(輸出・投資)に制限を設け、それを米国が黙認したことです。
50年代には米国市場に売るものはほとんどありませんでした。機械といえば柱時計ぐらいでした。ところが60年代中頃から輸出が伸びだし68年以降は恒常的に経常収支が黒字と化しました。
それでも日本は米国企業の日本市場の参入制限を続けました。これが問題となり政府間で協議が始まったのがレーガン政権第二期です。日米構造協議です。
米国企業に限らず外資の日本直接投資の比率は対GDP比で3%弱と日本は飛びぬけて低いのです。他の主要国は10%以上です。この点において日本は米国に負い目があるのです。
第二は、日本の防衛を担保してきたのは米国の軍事力です。ある時期から日本は日本独自の軍事力で日本防衛を行ってきました。
しかし、核の傘を提供しているのは米国です。米国が日本に圧力をかける場合の切り札が「米軍を撤退するぞ!」です。
日本は戦後一貫して防衛費はGDPに比し少ない額であり、その分を他の投資に回してきたのです。保守本流と言われる吉田路線です。
空母の母港が米国以外のあるのは横須賀だけです。他の空母10隻の母港はすべて米国です。もし日本から第7艦隊のプレゼンスがなくなるとしたら日本人及び中国指導部はどう考えるでしょう。日本人は不安でたまらなくなり中国指導部にとってこんないい話はありません。ここにも日本の負い目があります。
第三は、日本の金融論のレベルが極めて低いことです。昭和金融恐慌の研究者が一体何人いますか。何人かを除いてほとんどいません。それは何故か。
一つは日本の過去の統計があまりあてにならないこと。二番目の理由は、日本の経済学がかつてマルクス経済学に傾いていたため「恐慌→混乱→革命」という図式で恐慌が捉えられており学問的検証を怠ったため。
この点が英米の大恐慌研究とは大違いです。英米の研究者は何度も何度も違った観点から大恐慌を調べ尽くすのです。バーナンキ議長のような学究が輩出する所以です。
現在の日銀総裁は前任の福井・速水に較べれば幾分マシです。しかし、学究肌ではあっても真の学究ではありません。金融についての論議も日本の研究者レベルでは英米のプロに敵いません。学問・理論的裏づけが国際金融現象において弱すぎるのです。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.