韓国さんへ - 民族のアイデンティティとは
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/01/07 23:18 投稿番号: [47140 / 73791]
投稿者:拓
アイデンティティーとは何か?
http://www.st.rim.or.jp/~success/ident_ye.html
>、「本来自分の中にある高次の自分を探求発見し、それに同化する気構え」、と考えたい。
↑
この人、いいこと言いますね。未来志向です。ところが韓国のほとんどの人は過去の歴史の過程で知らず知らずの内に心の中に「恨」を抱くようになりました。それも的外れなほど強くです。この仏教で言う煩悩のひとつである「恨」は、その後の韓国の儒教朱子学の影響で単なる「恨み」に変わってしまったと考えます。
↓
>恨 (こん)は、仏教が教える煩悩のひとつ。瞋に付随して起こる。
忿に続いて生起する。 自分の気に入らぬ人を怨み続ける心である。 恨を心に持つ人は、これを押さえつけることができない。 このような人は平常心を持つことができず、常に煩悶たる生活を送る。
朝鮮民族にとっての「恨」は、単なる恨み辛みではなく、あこがれや悲哀や妄念など様々な複雑な感情をあらわすものであり、彼らの文化は「恨の文化」と呼ばれる事もある。彼らの「恨」の形成の裏には、時の王権や両班による苛斂誅求を極めた支配や、過去より幾度となく異民族による侵略・屈服・服従を余儀なくされ続けた長い抑圧と屈辱の歴史があると言われる。
朝鮮の独立が民族運動の結果ではなく、第二次世界大戦における日本の降伏によって達成されたことは、後の世代の恨となった。そして今日、得られなかった勝利の代替物として、スポーツにおける日韓戦などに熱狂するという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%A8
>ある人が大要、次のような事を書いている。
"日本人と韓国人というのは、どちらか一方の国で会うと何か違和感というか、壁のようなものを感じてしまうことがある。しかし、どこか他の外国で知り合うと、不思議な連帯感のようなものを感じて意気投合してしまうものらしい。そうしてみると日韓の心理的疎外というのは、その実、近親憎悪のようなものであるのかもしれない。"
その通りである。
朝鮮半島は中国という政治大国を北に、豊かな安定勢力の日本を南に、ちょうどサンドイッチみたいになって長い歴史を生き延びてきたのである。
韓国は常に北に南に引き裂かれ、党派争いの中で、分裂の危機の中で、生き延びる試練にさらされてきた国なのだ。
その悲しさと、くやしさと、恨みが<ハンの文化>を生んだとも言えるのである。
しかし日本人と韓国人は<兄弟>。
これが基本である。長期的に見ると韓国は日本にとって一番重要な国であると思う。
http://orion8.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_b7b1.html
↑
要するに韓国人は過去の歴史に対する「恨み」が強い。日本という近代化された隣国の介入で、それまで日本で言うならば奈良時代のような李朝から一気に近代化させられ、その途中の困難な歴史を体験しなかった韓国人は戸惑ったのでしょう。一般の人々には学問すらなかった時代から、一気に義務教育制度の時代に入り、日本式の教育を受けるのですが、日韓併合のわずか36年間では「恨」までは消せなかったということです。立派な権威ある学者も短期間では排出されません。歴史学の分野でもそうです。ですから、歴史を客観的に見れる学者も育たなかったのでしょう。学者ぶってイデオロギー史観や持論を振りかざすばかりの自称「その道の権威」に翻弄されたのだと考えます。儒教朱子学に凝り固まった文班の延長に逆戻りしたわけです。
これでは、未来志向のアイデンティティは望めません。すべては空論夢想の世界、砂上の楼閣になるばかりでしょう。韓国国会が支離滅裂なのも、虚構の反日を煽ればナショナリズムよろしく大騒ぎするのも、この民族のアイデンティティを架空の過去と彼方に求めているからにすぎないと思われます。
なんだか、書いているとため息がでますね(苦笑
爺と直子さんが私のそばでワイン飲みながら覗き込んでますから、気が散りますから、あ、爺は日本酒でしたね^^;
では私も..、これで失礼します^^;
アイデンティティーとは何か?
http://www.st.rim.or.jp/~success/ident_ye.html
>、「本来自分の中にある高次の自分を探求発見し、それに同化する気構え」、と考えたい。
↑
この人、いいこと言いますね。未来志向です。ところが韓国のほとんどの人は過去の歴史の過程で知らず知らずの内に心の中に「恨」を抱くようになりました。それも的外れなほど強くです。この仏教で言う煩悩のひとつである「恨」は、その後の韓国の儒教朱子学の影響で単なる「恨み」に変わってしまったと考えます。
↓
>恨 (こん)は、仏教が教える煩悩のひとつ。瞋に付随して起こる。
忿に続いて生起する。 自分の気に入らぬ人を怨み続ける心である。 恨を心に持つ人は、これを押さえつけることができない。 このような人は平常心を持つことができず、常に煩悶たる生活を送る。
朝鮮民族にとっての「恨」は、単なる恨み辛みではなく、あこがれや悲哀や妄念など様々な複雑な感情をあらわすものであり、彼らの文化は「恨の文化」と呼ばれる事もある。彼らの「恨」の形成の裏には、時の王権や両班による苛斂誅求を極めた支配や、過去より幾度となく異民族による侵略・屈服・服従を余儀なくされ続けた長い抑圧と屈辱の歴史があると言われる。
朝鮮の独立が民族運動の結果ではなく、第二次世界大戦における日本の降伏によって達成されたことは、後の世代の恨となった。そして今日、得られなかった勝利の代替物として、スポーツにおける日韓戦などに熱狂するという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%A8
>ある人が大要、次のような事を書いている。
"日本人と韓国人というのは、どちらか一方の国で会うと何か違和感というか、壁のようなものを感じてしまうことがある。しかし、どこか他の外国で知り合うと、不思議な連帯感のようなものを感じて意気投合してしまうものらしい。そうしてみると日韓の心理的疎外というのは、その実、近親憎悪のようなものであるのかもしれない。"
その通りである。
朝鮮半島は中国という政治大国を北に、豊かな安定勢力の日本を南に、ちょうどサンドイッチみたいになって長い歴史を生き延びてきたのである。
韓国は常に北に南に引き裂かれ、党派争いの中で、分裂の危機の中で、生き延びる試練にさらされてきた国なのだ。
その悲しさと、くやしさと、恨みが<ハンの文化>を生んだとも言えるのである。
しかし日本人と韓国人は<兄弟>。
これが基本である。長期的に見ると韓国は日本にとって一番重要な国であると思う。
http://orion8.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_b7b1.html
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要するに韓国人は過去の歴史に対する「恨み」が強い。日本という近代化された隣国の介入で、それまで日本で言うならば奈良時代のような李朝から一気に近代化させられ、その途中の困難な歴史を体験しなかった韓国人は戸惑ったのでしょう。一般の人々には学問すらなかった時代から、一気に義務教育制度の時代に入り、日本式の教育を受けるのですが、日韓併合のわずか36年間では「恨」までは消せなかったということです。立派な権威ある学者も短期間では排出されません。歴史学の分野でもそうです。ですから、歴史を客観的に見れる学者も育たなかったのでしょう。学者ぶってイデオロギー史観や持論を振りかざすばかりの自称「その道の権威」に翻弄されたのだと考えます。儒教朱子学に凝り固まった文班の延長に逆戻りしたわけです。
これでは、未来志向のアイデンティティは望めません。すべては空論夢想の世界、砂上の楼閣になるばかりでしょう。韓国国会が支離滅裂なのも、虚構の反日を煽ればナショナリズムよろしく大騒ぎするのも、この民族のアイデンティティを架空の過去と彼方に求めているからにすぎないと思われます。
なんだか、書いているとため息がでますね(苦笑
爺と直子さんが私のそばでワイン飲みながら覗き込んでますから、気が散りますから、あ、爺は日本酒でしたね^^;
では私も..、これで失礼します^^;
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.