21世紀の韓国学とは < ほう
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/12/21 14:54 投稿番号: [46317 / 73791]
投稿者:爺
21世紀の韓国学とは
韓国学の現在と未来を探る学術大会、延世大で開催
日帝時代、農村の人々もバナナやレモネードを食し「近代」に目覚めたが…
近代を楽しみたいという渇望は日帝に接近するという葛藤を…
『別乾坤』1927年1月号に描かれた「モダンガール」。
朝鮮日報DB「普遍」と「特殊」、「民族」と「脱民族」、そして「内在的発展論」と「植民地近代化論」は、最近の韓国学研究で論争の火種となっているデリケートなテーマだ。開院60周年を迎える延世大国学研究院(院長:白永瑞(ペク・ヨンソ)史学科教授)は、まさにこれらの問題を議論することで韓国学研究の現在と未来を探る学術会議を企画した。18日(新千年館)と19日(アレン館)に延世大で開かれた国際学術会議「21世紀の韓国学:世界普遍の議論に向けて」がそれだ。
◆「地域を基盤として普遍に向かう」
白永瑞教授は「普遍韓国学の発展のために」と題する基調講演で、「韓国学は果たして“世界化”というスローガンに執着する必要があるのか」という問題を提起した。世界化を志向する動きの中には韓国学の「周辺性」に対する焦燥感があるのではないか、と反省してみる必要がある、というわけだ。白教授は「むしろ、韓国学の“場所性(placeness)”が強調されるべきだ」と語る。▲西欧中心の普遍主義を批判すると同時に、韓国という「場所」を重視する▲その一方で、特性に埋没せず、新たな普遍性を追及する−という二重の課題に取り組んでいかなければならないという。
白教授は、ここで「地球・地域学(Glocalogy)」という概念を提示した。地球・地域学とは、地域的なことと地球的なことを一つの次元に結合させ、分析する学問だ。白教授は「個別の諸要素が疎通する過程で生じる共感と想像から力を得て、普遍性を確保するようにしなければならない」と語る。例えば、港湾都市・仁川を研究対象とする仁川学の場合、郷土主義に溺れるのではなく、東アジアの港湾を一つの統合的な単位に設定し、批判的に変化を読解する動きが起こっているという。
◆「恩恵に預かれなかった“多数”も近代を渇望していた」
今回の学術会議で、「最近の韓国の植民地近代化に関する議論」を発表する東京大学の松本武祝教授は「韓国の植民地の近代性を分析するとき、(少数の)中産層と都市住民、特にソウルの男性に限っていえば、資本主義消費文化などの“近代”を経験し得たことを考慮しなければならない」と語った。松本教授は▲小学校に入学する韓国の子供の割合は、1940年代でも50%程度▲1926年の韓国の農村では、医師一人当たりの診療人口が2万4408人に上り、この数字は都市の13倍以上▲百貨店や劇場、ラジオ中継などはソウルに集中していた−と指摘した。
しかし松本教授は「農村の伝統市場でも、バナナや万年筆、ビール、レモネードが取引されており、映画の上演やサーカスの公演も行われていた。“近代”との出会いが断片的でしかなかった大多数の韓国人もまた、“近代”に対する渇望を共有していたことは事実だ」と語った。帝国主義日本は、世界の資本主義システムの中心部と植民地朝鮮との間で「近代性」を伝達する経路を独占することに成功した。この点は、決して植民統治を正当化し得るものではないが、韓国人が近代性を楽しもうと思えば、その分だけ自分の意思とは無関係に植民地権力に接近しなければならない、という進退窮まる状況に置かれていたというわけだ。
今回の学術会議では、このほかにも朴明圭(パク・ミョンギュ)教授(ソウル大)、チャールズ・アームストロング教授(米国コロンビア大)が「民族・脱民族」について、パク・ミョンリム教授(延世大)、ブルース・カミングス教授(米国シカゴ大)が「民主主義」について発表した。
http://www.chosunonline.com/article/20081221000004
中身の具体的な記述に欠けておるが..?
21世紀の韓国学とは
韓国学の現在と未来を探る学術大会、延世大で開催
日帝時代、農村の人々もバナナやレモネードを食し「近代」に目覚めたが…
近代を楽しみたいという渇望は日帝に接近するという葛藤を…
『別乾坤』1927年1月号に描かれた「モダンガール」。
朝鮮日報DB「普遍」と「特殊」、「民族」と「脱民族」、そして「内在的発展論」と「植民地近代化論」は、最近の韓国学研究で論争の火種となっているデリケートなテーマだ。開院60周年を迎える延世大国学研究院(院長:白永瑞(ペク・ヨンソ)史学科教授)は、まさにこれらの問題を議論することで韓国学研究の現在と未来を探る学術会議を企画した。18日(新千年館)と19日(アレン館)に延世大で開かれた国際学術会議「21世紀の韓国学:世界普遍の議論に向けて」がそれだ。
◆「地域を基盤として普遍に向かう」
白永瑞教授は「普遍韓国学の発展のために」と題する基調講演で、「韓国学は果たして“世界化”というスローガンに執着する必要があるのか」という問題を提起した。世界化を志向する動きの中には韓国学の「周辺性」に対する焦燥感があるのではないか、と反省してみる必要がある、というわけだ。白教授は「むしろ、韓国学の“場所性(placeness)”が強調されるべきだ」と語る。▲西欧中心の普遍主義を批判すると同時に、韓国という「場所」を重視する▲その一方で、特性に埋没せず、新たな普遍性を追及する−という二重の課題に取り組んでいかなければならないという。
白教授は、ここで「地球・地域学(Glocalogy)」という概念を提示した。地球・地域学とは、地域的なことと地球的なことを一つの次元に結合させ、分析する学問だ。白教授は「個別の諸要素が疎通する過程で生じる共感と想像から力を得て、普遍性を確保するようにしなければならない」と語る。例えば、港湾都市・仁川を研究対象とする仁川学の場合、郷土主義に溺れるのではなく、東アジアの港湾を一つの統合的な単位に設定し、批判的に変化を読解する動きが起こっているという。
◆「恩恵に預かれなかった“多数”も近代を渇望していた」
今回の学術会議で、「最近の韓国の植民地近代化に関する議論」を発表する東京大学の松本武祝教授は「韓国の植民地の近代性を分析するとき、(少数の)中産層と都市住民、特にソウルの男性に限っていえば、資本主義消費文化などの“近代”を経験し得たことを考慮しなければならない」と語った。松本教授は▲小学校に入学する韓国の子供の割合は、1940年代でも50%程度▲1926年の韓国の農村では、医師一人当たりの診療人口が2万4408人に上り、この数字は都市の13倍以上▲百貨店や劇場、ラジオ中継などはソウルに集中していた−と指摘した。
しかし松本教授は「農村の伝統市場でも、バナナや万年筆、ビール、レモネードが取引されており、映画の上演やサーカスの公演も行われていた。“近代”との出会いが断片的でしかなかった大多数の韓国人もまた、“近代”に対する渇望を共有していたことは事実だ」と語った。帝国主義日本は、世界の資本主義システムの中心部と植民地朝鮮との間で「近代性」を伝達する経路を独占することに成功した。この点は、決して植民統治を正当化し得るものではないが、韓国人が近代性を楽しもうと思えば、その分だけ自分の意思とは無関係に植民地権力に接近しなければならない、という進退窮まる状況に置かれていたというわけだ。
今回の学術会議では、このほかにも朴明圭(パク・ミョンギュ)教授(ソウル大)、チャールズ・アームストロング教授(米国コロンビア大)が「民族・脱民族」について、パク・ミョンリム教授(延世大)、ブルース・カミングス教授(米国シカゴ大)が「民主主義」について発表した。
http://www.chosunonline.com/article/20081221000004
中身の具体的な記述に欠けておるが..?
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.